『ビジュアル版学校の歴史 4 』教科書・課外活動・災害編
岩本努/共著 汐文社 2013.3
昔の教科書はどんなものだったの?教科書に墨(すみ)をぬったことがあったってほんとう?部活っていつごろからあったの?教科書と課外活動の歴史や、学校を襲(おそ)った地震(じしん)や津波(つなみ)などの災害(さいがい)を、写真や資料(しりょう)をまじえながら紹介(しょうかい)します。
Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。
『ビジュアル版 学校の歴史 4 教科書・課外活動・災害編』(岩本努・他共著、汐文社、2013年3月刊)は、小中学生向けの「学校の歴史」シリーズの第4巻として、東日本大震災からちょうど2年目に緊急出版された、極めて異例の「災害と学校」特集号です。A4判カラー96ページ、オール写真・図版・年表で構成された児童・生徒が自分で読めるビジュアル書籍でありながら、内容は震災後に出た学校関係の書籍の中で最も生々しく、かつ子ども目線で「学校がどう壊れ、どう立ち直ろうとしたか」を真正面から描き切っています。本書の構成と詳細な内容1. 東日本大震災と学校(p.4-47)
当初は「大川小の記述が過激すぎる」と社内で反対もあったが、岩本努氏(学校防災の第一人者)が「子どもに嘘をつく方が罪深い」と押し切った。結果、発売直後から全国の学校図書館・公立図書館で爆発的に予約が殺到。
被災地の学校では「これを読んで子どもたちと話し合いたい」と学級文庫に100冊単位で購入された例も。今でも防災教育の現場で「最初に読ませる本」として使われ続け、
「子どもに震災を教えるならこれ一冊で十分」と言われる、
まぎれもない「児童向け震災記録の金字塔」です。大人が読んでも胸が潰れるほど重い、96ページです。
- 震災当日、全国の学校はどこにいたか
→ 14:46時点の授業状況マップ(宮城県の8割の小中学校が授業中だった) - 学校が津波に呑まれた瞬間
→ 石巻市立大川小学校、女川町立女川小学校、釜石市立釜石東中学校など、実際の避難映像・写真を子ども向けに解説 - 「釜石の奇跡」と「大川小の悲劇」の両方を同列に掲載
→ 釜石は99.8%が助かった理由(日頃の避難訓練と「てんでんこ」)
→ 大川小は児童74名死亡・行方不明10名の理由(先生たちの判断ミス)を、裁判資料まで使いながら淡々と説明 - 子どもたちが書いた手記・絵(実物カラー掲載)
→ 「先生が裏山に行こうと言ったのに、校庭で待てと言われた」「海が黒い壁になって来た」など
- 最大1,300校が避難所に
→ 体育館に2000人以上が寝泊まりした写真、トイレの行列、段ボールベッドなど - 子どもたちの1か月
→ 授業がなく、体育館でずっとすごした日々。子どもが描いた「避難所生活の絵日記」を全ページカラー掲載
- 福島県の学校の空間線量マップ(2011年4月~2012年)
- 「年間20ミリシーベルトまでOK」と言われた子どもたちの怒り
→ 子どもが書いた「なんで僕たちだけ我慢しなきゃいけないの?」の手紙を掲載 - 校庭の表土を削った写真(子どもたちが自分でスコップを持って作業)
- 仮設校舎・プレハブ校舎の写真30枚以上
- 教科書が届かない中で先生たちが手作りした教材の実物
- 全国の子どもたちから届いた「応援メッセージ」山(実際の寄せ書きを大きく掲載)
- 東京の学校に1週間ホームステイした被災地の子どもたちの笑顔写真
- 震災後に変わった避難訓練(走って高台まで行く訓練の写真)
- 新しくできた「防災教育」の教科書ページ
- 最後に子どもたちへのメッセージ
「大人は間違えることがある。だから自分の命は自分で守ろう」
- 大川小学校の悲劇を、子ども向け書籍で初めて真正面から扱った(当時、他の児童書はほぼ完全スルー)
- 「先生が間違えたから友達が死んだ」という事実を、子どもにもわかる言葉で書いている
- 写真・資料が圧倒的に多く、ほとんど文字を読まなくても「何が起きたか」が視覚的にわかる
- 美談も希望も極力抑え、「起きたことは起きたこと」と事実だけを並べている
当初は「大川小の記述が過激すぎる」と社内で反対もあったが、岩本努氏(学校防災の第一人者)が「子どもに嘘をつく方が罪深い」と押し切った。結果、発売直後から全国の学校図書館・公立図書館で爆発的に予約が殺到。
被災地の学校では「これを読んで子どもたちと話し合いたい」と学級文庫に100冊単位で購入された例も。今でも防災教育の現場で「最初に読ませる本」として使われ続け、
「子どもに震災を教えるならこれ一冊で十分」と言われる、
まぎれもない「児童向け震災記録の金字塔」です。大人が読んでも胸が潰れるほど重い、96ページです。
|
|