2016年10月24日月曜日

『わたしたちの震災物語 』



『わたしたちの震災物語 再生ワーカーズ 愛蔵版コミックス            

井上きみどり/著   集英社    2011.11
『わたしたちの震災物語 ♥再生ワーカーズ 愛蔵版コミックス』
井上きみどり/著 集英社 2011年11月25日発売
B6判・240ページ・フルカラー+モノクロ 定価1,500円(税込)
東日本大震災からわずか8ヶ月後に出版された、
実在の被災地若者12人をモデルにした完全ノンフィクション漫画です。
著者の井上きみどり(当時31歳・宮城県気仙沼市出身)は震災で自宅全壊・職場喪失となり、自身も被災者となりながら、気仙沼・南三陸・石巻の仮設住宅や瓦礫の中で出会った若者たちに密着取材し、彼らの「震災当日から現在まで」をリアルタイムで漫画化した異色の作品です。
本書の最大の特徴
  • 登場人物12人全員が実在(顔は少し変えてあるが実名+年齢+職業公開)
  • セリフはほぼ100%本人へのインタビューそのまま
  • 津波に流された写真・免許証・手紙などを実際の現物スキャンで挿入
  • 瓦礫の山・仮設住宅・遺体安置所の描写が容赦なくリアル
  • にもかかわらず、全体に漂うのは「生きていくしかない」という前向きさ
登場する12人の実在若者と彼らの物語(章立て)
  1. あやかちゃん(21歳・気仙沼・水産会社OL)
    津波で両親と弟を失う。遺体安置所で3人を見つけ、泣きながら火葬場に並んだ。
    「もう泣くの疲れた。だから笑うことにした」
  2. けんた(24歳・南三陸・漁師見習い)
    船で沖に出ていたため助かったが、港も家も家族も全て流されゼロに。
    瓦礫撤去のバイトで日当8,000円稼ぎながら「また海に出る」と決意
  3. みさき(19歳・石巻・専門学校生)
    防災無線を聞いて高台に逃げたが、彼氏が「大丈夫だよ」と家に残り死亡。
    「私がもっと強く引っ張っていれば…」と自分を責め続ける
  4. たかし(28歳・気仙沼・トラック運転手)
    津波でトラックごと流され、屋根の上で3日間孤立。
    救助ヘリに「女と子ども優先」と言われ、最後に救出される
  5. ゆかり(26歳・女川・美容師)
    サロンが全壊。客の遺体を何体も洗浄ボランティアで洗う。
    「髪を切る仕事ができなくなったから、せめて最後の髪を整えてあげたい」
  6. しんご(22歳・石巻・大学生)
    実家が流され、父親が行方不明に。
    瓦礫の中から見つけた父親の携帯電話には、津波に飲まれる直前の着信が20件残っていた
漫画としての表現が凄まじいポイント
  • 津波シーンはほぼ無音(効果音すら最小限)で静かに描かれ、逆に恐怖が増す
  • 遺体安置所の描写は白黒で、顔にモザイクなし(読者への配慮ゼロ)
  • 仮設住宅での夜のシーンは、真っ暗な中でスマホの明かりだけが光る
  • 最後の20ページは突然フルカラーになり、若者たちが瓦礫の上で笑顔で記念写真を撮るシーンで終わる
井上きみどりの後書き(要約)「私は漫画家なのに、震災後3ヶ月間ペンを握れなかった。
被災地の若者たちに会って話を聞いて、やっと描けるようになった。
これは『復興漫画』じゃない。
ただ、彼らが『今』を生きている姿を、そのまま記録しただけ。
10年後、20年後にこの子たちが読み返して、
『あの時、こんなにボロボロだったけど生きてたんだ』って思ってくれたら、それでいい。」
2025年現在から見た意義
  • 被災地の「20代の声」がほぼ唯一残された漫画作品
  • 当時「若者は被災地から逃げ出した」と言われたが、本書は「残った若者」が確かにいたことを証明
  • 気仙沼・南三陸の仮設住宅で無料配布され、子どもたちが「自分たちのことを描いてくれた」と泣きながら読んだ
  • 2024年の能登半島地震後、再び注文が殺到し、復刻版の声が上がっている
読後感は「胸が締め付けられるけど、なぜか希望が残る」という不思議な感覚。
震災を知らない世代が「被災地の同世代がどう生きたか」を知るには、これ以上ない一冊です。
今でも気仙沼の書店に行くと「地元の人しか買わない棚」にそっと置かれ続けている、静かな名作です。