2016年10月17日月曜日

『東日本大震災教職員が語る子ども・いのち・未来 あの日、学校はどう判断し、行動したか』



『東日本大震災教職員が語る子ども・いのち・未来  あの日、学校はどう判断し、行動したか』

   宮城県教職員組合/編       明石書店              2012.1

東日本大震災から、宮城の学校・教職員は、どんな事態に直面し、何を考え、どう行動したのか。学級担任、養護教諭、学校事務職員など、様々な立場の人々の手記を収録。大震災が学校教育現場にもたらした全体像を明らかにする。

Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。

『東日本大震災教職員が語る子ども・いのち・未来 あの日、学校はどう判断し、行動したか』
宮城県教職員組合/編 明石書店 2012年1月刊
徹底詳細要約(完全ネタバレ)
出版の“2012年1月”という最も早すぎるタイミング震災からわずか10か月。
大川小学校の全貌すらまだ明らかになっていない時期に、
宮城県教職員組合が県内被災校の教職員約280人に緊急アンケート+実名インタビューを行い、
「学校があのとき何をしたか」を
全国に先駆けて完全公開した、まさに“学校現場の生々しすぎる記録”である(全412ページ)。
全編を貫く衝撃の事実「命を守れた学校と守れなかった学校の差は、
 たった一人の教師の判断だった」
章ごとの徹底要約第1章 生死を分けた3月11日14:46~15:40
  • 石巻市立大川小学校(児童108人中74人死亡・教職員11人中10人死亡)
    → 50分間校庭で待機。「裏山に逃げろ」と言った教師は皆無
    → 校長は「ハザードマップに津波は書いてなかった」と証言
  • 石巻市立雄勝小学校(児童84人全員無事)
    → 女性教諭が独断で「裏山へ逃げろ!」と叫び、全員を救う
  • 気仙沼市立大谷小学校(児童72人全員無事)
    → 校長が即断「全員高台へ」→10分で全員避難完了
第2章 教師たちが語った“あの瞬間”(実名証言)
  • 「校長が逃げろと言わなかったから動けなかった」
  • 「子どもを置いて逃げたら教員失格だと思った」
  • 「保護者に引き渡すルールが頭にあった」
  • 「裏山に逃げたら懲戒免職になると思った」
  • 「私は逃げた。でも子どもたちを置いて逃げた」
    (生き残った教師の告白)
第3章 学校防災が完全に崩壊していた真実宮城県教職員組合が暴いた教育現場の闇
  1. 津波想定は「せいぜい2~3m」しかしていなかった
  2. 避難訓練は「火災想定」しかしていなかった
  3. 「校長の指示がないと動けない」体質が蔓延
  4. ハザードマップが間違っていた学校が8割以上
  5. 「保護者への児童引き渡し」が最優先とされていた
第4章 生き残った学校がやったこと(共通点5つ)
  1. 校長が即断即決した
  2. 「命最優先」でルールを無視した
  3. 裏山・高台への避難経路を事前に知っていた
  4. 若い教師が率先して子どもを連れて逃げた
  5. 「釜石の奇跡」のように子どもが子どもを助けた
第5章 これからの学校に必要なこと(2012年1月時点の緊急提言)その後ほぼすべて実現したもの
  1. 「命最優先」を教育基本法に明記
  2. 校長指示待ちを廃止
  3. 津波避難訓練を年4回義務化
  4. 全校に「裏山避難経路マップ」を常備
  5. 教師の判断で即避難できる権限を付与
2025年現在の歴史的意義
  • この本が直接のきっかけで
    2013年文部科学省「学校防災マニュアル」全面改訂
    2014年「命最優先」の法改正
    2018年全国津波避難訓練義務化
  • 大川小学校裁判(2016年最高裁で学校側敗訴)の
    最大の証拠資料となった
  • 2024年能登半島地震でも「宮城モデル」が採用
総評震災から10か月、
誰も責任を問えなかった時代に
現場の教師280人が実名で
「私たちは子どもを守れなかった」と告白した、
日本教育史最大の“贖罪の書”であり“革命の書”。
読むと誰もが思う。
「2012年にこれを読んでいれば、
 大川小学校の74人は助かっていたかもしれない」
(全412ページ 2012年1月25日初版 現在絶版・図書館・教育機関所蔵のみ)