2014年7月25日金曜日

『人類滅亡を避ける道 』 関野吉晴対論集

『人類滅亡を避ける道  関野吉晴対論集       

関野吉晴/著 東海教育研究所 2013.04


環境破壊、人口増加、食料不足、資源の枯渇、そして原発…。われわれがこの地球上で生き残るため歩き直せる「旅路」はあるのか? 未来への希望の光を見いだすために、医師で探検家の関野吉晴が9人の「賢者」と語り合う。



「人類滅亡を避ける道」

日、早稲田大学探検部と交流がある、関野吉晴さんの著書、「人類滅亡を避ける道」という本を読みました。

関野吉晴さんんのウィキペディアはこちら→関野吉晴

この本には、関野吉晴さんと、賢者とも思われる方々の対談が、本に載っています。


あとがきでは、



「物語を紡ぐ」ことに関して、書かれています。



私たちはこのような世界を改善して、生き延びていく物語を作っていかなければならない。



中略



私自身の物語を作っていくうえで、今回の対談は多大なヒントを与えてくれた。対談を始める前、世界の現状を見るにつけ悲観的な色を濃くしていた「私が紡ぐ物語」に、少し光明を見たような気がする。九人の賢者たちに感謝したい。



と書かれています。

物語を紡ぐこと、生き残りの物語を紡ぐことの大切さを書いていらっしゃいます。

この本自体が、医師としての、作家としての、関野さんからの、東日本大震災後の日本への処方箋であり、関野さんの紡いでいる物語だと思いました。

僕も、ここ3年くらい、自分で、ブログを書いているので、関野さんの仰る物語を紡ぐとは、僕にとってはブログを書くことになるようです。

僕も、きちんと、ブログを書いてきて良かったと思っています。

主語が、僕か私かという違いはあるかと思いますが、物語を紡ぐとは、主語が僕か私かという問題ではなく、何かを書くという行為自体が物語を紡いでいることになると僕は思っています。

この本を読んでいると、関野さんの、頭の良さ、実際に、世界各地を歩いて(旅して)見聞されて、認識されてきたことについて、きちんと書かれている本だと思いました。

人間が違うというか、見ていることが違うというか、認識していることが違うというか、関野さんの凄さを痛感させられた本でした。

図書館で本を借りてきて、本を、最初から最後まで読んでみて、とにかく、考えていることが違うという率直な感想を抱きました。

対談している方々も、強者ぞろいで、対談自体もガチで対談されていると思いました。

二度目に読むときは、各対談ごとに、読んで、感想を書ける対談について、本の中の文章を引用したりして感想を書きました。

僕の今までの人生経験も交えて、感想を書きました。

この本を読んでいて、僕も主語が私のきちんとした文章(物語)を書けるようになりたいと思いました。

探検家と呼ばれる方で、これだけの方が現代にいらしたのは奇跡だと正直に思いました。
 



賢者の一人に作家の池澤夏樹さんがいらしました。

池澤夏樹さんのウィキペディアはこちら→池澤夏樹



東日本大震災に関して対談しています。



池澤夏樹さんとの対談の中で、



関野さんが、



東日本大震災の被災地のことについて、



「震災の被災地については、私も3.11の震災直後から医療ボランティアとして、気仙沼、陸前高田に通っています。陸前高田を訪れたとき、津波によって息子を失い、家を壊された、米作り達人にして木こりだという七十七歳の方に会って、いつまでもお付き合いしてをしているんです。癌も患っている人ですが、その人の言葉が印象的だった。すべてを失い、電気がなくなり、星がこんなに明るいことに初めて気がつきました。すべてを失っても、この人は未来にわずかな光を見ようとしているんだ。前を向いているんだと強く思わされて、僕自身がそこに一筋の光を見たような気がしました。事実、この人はその後、自分で森の木を切り、一年半後には自分の手で新築の一軒家を建ててしまいました。いづれにしても、物がないなかのできごとですよね。災害で物が失われた中での、人のありようというか。」



と書かれています。

関野さんの東日本大震災の被災地に赴いての、書きたいことは、上記の部分にあると思いました。

東日本大震災被災地で、全てを失った木こりの方が、被災してから1年半後に、自分の手で家を建てられたという部分に人間の力を感じているのだと思いました。

東日本大震災後の日本のことについても厳しく書かかれています。

2011311日の東日本大震災と原発事故以降、私たちはさまざまな反省を胸に新たな道を歩み直すはずだった。一から新しい物語を紡ぎ始めるはずだった。
ところが残念なことに、二年経ってまた世の中は、以前と同じような惰性の物語に戻ろうとしているようにみえる。福島の原発事故が実際には収束していないのに、核廃棄物も処理されないままなのに、二基の原発が稼働を再開している。被災地の復興は遅々として進まず、復興予算は東京に吸い取られている。」

「貧しい人たちと富める者の格差は、国内だけでなく国と国の間でも大きくなり、固定化しているようにも見える。汗をかき、日々コツコツと、モノを作ったり売ったりしている多くの人たち。本来報われるべきその人々が、正当に扱われる世界に向かっていないのはなぜだろうか。汗をかくこともなく、モノを作るわけでもなく、キーボードで架空のお金を操作して大儲けしている者たちや、武器を大量に売って戦火の拡大にほくそえんでいる者たちが甘い汁を吸い続けている世界は異常だ。」

と書かれています。

僕は、もともと、格差のことには敏感でしたが、関野さんもやはり、現代の日本の構造、地方と都会の格差、持てる者と持たざる者の格差のことについては真摯に考えていらっしゃるようです。

特に、東日本大震災で被災してしまった、東北の被災地のことはきちんと考えられていると思いました。

都会では、額に汗して働くことよりも、パソコンに向かってキーボードを叩いて架空のお金を操作をしている連中が大儲けしていると物凄い皮肉を書いています。

パソコンに向かってキーボードを叩いて架空のお金を操作している連中とは、株とか為替でお金を運用して儲けを得ている方々だと思います。

僕は金融関係、証券関係の仕事をしたことがないので、内情は全く分かりませんが、都会での仕事とは、金融関係、証券関係の仕事だけではありません。

僕の地元の文京区では、額に汗して働く、地場産業の、製本産業、印刷産業などが現在でも続いていて、僕がここ3年くらい見ている風景も、地元、文京区で額に汗して働いている製本産業、印刷産業に従事する方々の労働の風景です。

東京の悪い部分ばかりを見て、東京で額に汗して働いている方々の風景を見られていないことは残念でした。

関野さんのこの著作(本)も、製本屋さん、印刷屋さんが額に汗して働いて作った本だと思います。

カレーライスを一から作ることも良いことだと思いますが、仮に本を書いて出版するにあたっても、本を一から作ってみる工程を経験してみるとかもおもしろいことだと思いました。

本を一から作れば、木を切って、紙を作り、紙に、著者の書いた文字を印刷して、製本する工程が経験できると思います。

地元の文京区の地場産業の、製本産業、印刷産業も、本作りの一役を担っています。

一から本作りを経験すれば、製本産業、印刷産業の重要性が分かって来ると思います。

カレーライスを一から作るように、本を一から作る工程を経験すれば、文京区の地場産業、製本業、印刷業に従事する方々の、額に汗して働く地道な労働の大切さが分かると思いました。

 



賢者の一人に宇宙物理学者の池内了さんがいらしました。

池内了さんのウィキペディアはこちら→池内了



関野さんと池内さんの対談は原発のことについて対談されています。



関野さんと池内さんの対談で、原発について次のように述べています。



関野 



最近、科学は少し一般の人々から信頼を失っているように思うのですが。



池内 



 やはり、3.11(東日本大震災)で、地震とか津波の予知が出来なかったことがあると思います。さらに、現代の科学技術の枠である原発の事故。なおかつ、事故後にテレビで見た専門家たちの抜け抜けとした無責任な発言。「わしらは、あんなやつらに任せとったのか」という感じですね。そら、信頼できないとなるのは当然だと思いますよね。

 放射能の問題でも、「ただ健康に影響はない」って。じゃあ、「いつ影響があるの」となりますよ。それから、チェルノブイリではセシウムは何も悪さはしなかったって、そんなことはないでしょう。放射能そのものが直接悪さをしたから死ぬということは、実は少ないんです。ヨウ素の半減期が八日間ですから、一週間ぐらいで勝負が決まります。その場合は証拠として明確にあるんです。一方セシウムの半減期は三十年。内部被曝して、三十年間身体の中にあって、じわーっと被曝している場合、人間の身体は当然ほかのことで弱ったりして、セシウムの被曝が直接の証拠として出てこないんです。しかし身体を弱めているのは事実です。

 広島・長崎の原爆訴訟でも、放射線の直接の被害は証明しにくいんですよね。チェルノブイリでも亡くなったのは事故後すぐに駆けつけた消防士とか作業員だけです。それ以外の周辺部の人々は、放射能をゆっくりと浴びている。そういう場合は急性症状が出ることは非常に少ないから、慢性症状になる。慢性症状だとほかの病気と区別がつかなくなくなるから、被曝による症状ではないといわれてしまうんです。むしろ放射線障害の場合、明確な病名が判定できないのが普通なのです。だから怖いと思うんです。



この対談を読んでいて、東日本大震災とそれに伴い起きた、福島原発事故による、放射能による汚染について怖ろしくなりました。


ヨウ素の半減期は八日間で、一週間で勝負が決まるとあります。

被曝した後のヨウ素の半減期八日間ですから、八日間以内に、何らかの処置をしないと、命に関わる危険な状態なのだと思いました。

放射能による内部被曝で、セシウムは三十年間、身体の中にあって身体を弱めているのは事実です。

とあります。

放射線障害については、

むしろ放射線障害の場合、明確な病名が判定できないのが普通なのです。だから怖いと思うんです。

とあります。

一度、内部被曝したら、セシウムは、三十年間かけないと半減しないらしいです。

その間に、身体を弱めていき、内部被曝した人たちは、放射線障害になるらしいです。

放射能による内部被曝で、障害者になってしまうようです。

2011年に起きた、東日本大震災とそれに伴う福島原発事故、放射能汚染により、放射線障害という、多くの障害者が生まれてしまったと思われます。

僕も、約20年くらい前に障害者手帳(精神障害)を付与されていますが、その後の生活は本当に苦難の道でした。

仕事についても、任期付き臨時職員、アルバイトの待遇で、JAXA、キサラ、ソフマップと3社の会社に勤務してきましたが、やはり、障害のことを持ち出すと、あまり良い待遇していただける会社は少なかったような気がします。

一度、障害者となると、会社は社員としては、障害者を雇わないと思います。

本当に障害者を、守りながら、働きやすい職場環境を作り、雇用している会社もあるのかもしれませんが、僕が勤務してきた会社は、健常者中心の会社で、障害者が健常者に合わせて、パソコンのスキルの特訓をしたり、健常者でもきつい仕事を任せられたりして、僕から見ると、親身になって障害者を雇用していただけた会社は少なかったと思います。

今後、障害者雇用の環境がどのようになるのかは分かりませんが、東日本大震災と福島原発事故を経験した日本では、放射線障害という多くの障害者を生み出してしまったと思います。

福島原発事故の責任の所在は東京電力、国にあると僕は思っています。

きちんと、ご自分たちの責任の所在を認めて、多くの障害を持つに至った方々に償いをしていくのは人間として当たり前のことだと僕は思っています。
 



賢者の一人、藤原新也さんとの対談の中で、インド、チベットを放浪したことのある藤原新也さんが、



チベットの人々は、優れた五感を持ち、現代人が失ってしまっている能力を維持できているとも述べられています。

藤原新也さんのウィキペディアはこちら→藤原新也



例として、3か月ほど、チベットのゴンパ(仏教僧院)で過ごした時期に、ゴンパの電信室で瞑想していた僧が、



「どこそこのゴンパから誰それが何人来ます。」と報告するんです。



すると1週間後、彼が話したとおりに僧侶たちの一行がやってきた。



とのことを挙げて、



本当にびっくりしました。超能力やオカルトの類ではなくて、彼らにはそれが当たり前なんですよ。



と述べられています。



僕も若い頃にチベットに行ったことがあり、現地の人々の土地勘や、自然に対する五感などはとても優れていると思いました。



僕はインドのプラマプトラ川川下りに行ったときに、ある晩、どうしようもない体の不調を感じて、一日中寝込んで、何も出来ないことがありました。


悪夢も見て、とにかく、ものすごく気持ちの悪い日がありました。

その後、回復して、プラマプトラ川川下りに戻りましたが、プラマプトラ川川下りが終わって、日本に帰国すると、僕らがプラマプトラ川川下りをしていた頃に、中国の梅里雪山(メイリシュエシャン)に挑戦していた京都大学の山岳隊の大量遭難のことを知りました。

その後、梅里雪山での大量遭難のことは、常に気がかりで、その後の動向を新聞記事などを調べて、追いかけてきました。

探検・冒険新聞記事データベースを作っている時も、梅里雪山での大量遭難についての新聞記事は沢山ありました。

 梅里雪山の大量遭難について僕が書いているブログはこちら→「梅里雪山 十七人の友を探して」を読んで

探検・冒険県連新聞記事データベースを作っていると、僕らが下ったプラマプトラ川でも死亡事故が起きたとの新聞記事もあり、やりきれない気持ちになりました。

チベット文化圏を、探検・冒険活動のフィールドにする際に、チベット文化圏の方々の自然に対する認識、自然に対する畏怖の念は、少しでも理解しようとしないといけないと僕は思っています。

藤原新也さんの言葉を読んでいたら、チベットの方々の、自然に対する五感がとても優れていたことを思い出しました。
 



賢者の一人、宗教学者、山折哲夫さんとの対談での中で、山折哲夫さんは、宗教について論じています。

山折哲夫さんのウィキペディアはこちら→山折哲夫



宗教に関しては、外国製の宗教ではなく、その土地土地に根付いた土着的な宗教が大切だとも述べられています。



アフリカを例に挙げて、アフリカでは、アニミズムなどの土着宗教を捨て、キリスト教、イスラム教を、導入してしまったから、アフリカが破綻しているとも述べられています。



歩くことについては、本当に物事を考えている人は、問題になっている地域をきちんと歩いているとも述べられています。

                                                       

例として、キリスト、ブッダ、マホメッド、孔子、玄奘三蔵などを挙げられています。



多くの宗教者が、問題を抱えている地域をきちんと歩いて、歩いて見聞したことから、自分の思想を深めていって、宗教を開いているとも書かれています。



歩く過程で、自分の欲望を抑える術を体得していったとも書かれています。



救済とかの思想も、問題になっている地域をきちんと歩いて、到達した、境地なのだと思いました。



13世紀の鎌倉時代に、法然、親鸞、日蓮、道元などの偉大な宗教家が出現しており、鎌倉時代は日本でも偉大な宗教家が出現した特異な時代だったとありました。



僕は、特別に宗教を信じていませんが、限界に達しているとも思われる経済成長の論理から逃れるためにも先達の宗教家たちの思想にはとても関心があります。



宗教アレルギーの人も多いと思いますが、東日本大震災とそれに伴う福島原発事故は、日本に大きな課題を与えたと思います。

東日本大震災被災地の惨状を目の前にして、人間には、救済などの思想が芽生えるのではないかと思っています。

僕も東日本大震災直後に被災地に入ったので、被災地の光景は見ました。

その後、東日本大震災関連のツイートをし続けました。

ここ、3年位は、地元の文京区を歩いていますが、文京区にもお寺が多くあり、親鸞のことを書いてあるお寺もあります。

13世紀の鎌倉時代に生まれた宗教家、親鸞の思想が、その後も、地元の文京区に根付いているのだと思いました。

その土地、土地に根付いた宗教ということで、地元の文京区にも、鎌倉時代の宗教家の一人、親鸞の思想を受け継いでいるお寺があり、良い宗教家の思想は土地に根付くのだと思いました。
 



賢者の一人に早稲田大学探検部の大御所とも思われた船戸与一さんがいらっしゃいました。

船戸与一さんは早稲田大学探検部出身の直木賞受賞作家の方です。

船戸与一さんのウィキペディアはこちら⇒船戸与一



船戸さんは、関野さんとの対談の中で、



IT技術」は、世の中から「闇」をなくしてしまっているとのことを述べられています。



「闇」こそが、創作活動の原点で、創作活動をする際に、重要なものになっているとのことを述べられています。



 例えば、夜。



 夜の闇こそが、「恐れ」といった感覚とともに人間の想像力を生み、思想を鍛え、人の心をつなぎ、謀議も進めさせ、状況を動かす母胎となってきたともいえるわけだ。



(中略)



まずは闇というものがないと「物語」は紡げなくなるしね。



と述べられています。



僕は若い頃、「闇を見ろ」という文章を書いたことがあったので、船戸さんの文章には共感する部分がありました。



明るいところばかりにいると、物語を紡げなくなると、「物語」の終焉を予感しています。



「物語を紡げなくなる」時代とは、スマホとか、Facebookとか、Twitterで文字情報をやり取りする時代なのではないのかとふと思いました。


僕の、近況が、スマホ、パソコン、インターネット、FacebookTwitterLineに取り囲まれた状況なので、僕の現在の状況こそが、「物語を紡げなくなっている状況」だとも言えそうです。

 自分の近況を省みて、状況をなんとかしなくてはならないと思いました、
 

生活保護の問題についても言及されています。

島田雅彦さんとの対談で島田雅彦さんが、

「この格差社会のなかで、下流同士の差別みたいなものがありますよね。最低賃金で働いているフリーターは、生活保護もらってパチンコに行ってるやつが憎らしくてしようがない。しかし、生活保護をもらって楽して暮らすんだという人は、じつは少ない。実際に日雇いで暮らしていたけど病気になったから仕方なくとか、審査も厳しいし、役所で非常に不愉快な思いをしなくちゃいけないんだから、それなら働いてやっていきたいという人が圧倒的に多いでしょうね。」

と述べられています。

島田雅彦さんのウィキペディアはこちら→島田雅彦

僕は、実際に生活保護を受給されている方も知っていますが、安い給料で働いている人間(僕)からすると、自分の月給より高い、生活保護費をもらっている方々は羨ましいし、出来るなら自分も生活保護をもらいたいと思ってしまうのは、本当のところです。

下流同士の差別意識が僕の心にあったと分かりました。

僕にとっての「人類滅亡を避ける道」は地元、文京区の神田川沿いの道で、神田川沿いの道を歩いていると、地域に根づいた製本屋さん、印刷屋さんなどの地場産業に従事する方々が、地道に働いていらっしゃいます。

格差とか、下流同士の差別の問題とか関係なく、暑い日も寒い日も、規則正しく定時から仕事をされている方々の風景を見ることが、僕にとっては、僕を滅亡から避ける道です。

地元、神田川沿いの道が、僕にとっての「人類滅亡を避ける道」でした。

最初から最後まで、僕のこの本を読んでの感想を読んでくださった方には感謝いたします。

早稲田大学探検部関係者にも是非、ご一読していただきたい本です。
  


人類滅亡を避ける道
人類滅亡を避ける道
著者:関野吉晴
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