2017年2月9日木曜日

『天災と日本人 』 寺田寅彦随筆選

『天災と日本人  寺田寅彦随筆選


寺田寅彦/著       角川学芸出版       2011.7

先日、内科に診察に行くついでに、待合室で、図書館で借りた、寺田寅彦著の、「天災と日本人」という本を読みました。

 この本の著者、寺田寅彦とは、僕が浪人中に通っていた塾の先生が勧めていた作家です。

 寺田寅彦さんのウィキペディアはこちら→寺田寅彦

 物理学者でありながら、夏目漱石に師事し、俳句なども作っていた作家の方のようです。

 僕は、東京大学にあまり良いイメージを持っていなかったので、東京大学出身の作家はあまり好きではありませんでした。

 夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫などは読んだことがありますが、私=個人の自意識のようなものが強くて、著作を読んでいると、知識量、自意識、論理性、頭の良さは感じられますが、僕の感覚と合うような著作はあまりありませんでした。

 先日、病院の待合室で、寺田寅彦の随筆を読んでみて、やはり、知性=頭の良さは非常に感じられました。

 2011年に起きた東日本大震災被災地に赴いた作家の方の著作を読んでみても、自然の猛威を目の当たりにして、出てくる言葉は、

「国破れて 山河あり」

だったと思います。

中国の詩人、杜甫が詠んだこの漢詩の一節が、2011年にも多くの方々の口から発せられていたと思います。

 大自然の猛威を前にして、人間の無力さを痛切に感じた人は多いと思います。

 特にこの言葉は、教養のある人間の口から飛び出す言葉だと思います。

 きちんと、勉強している人間ほど、学問の無力さを実感していることと思います。

 昨年の10月はノーベル賞ウィークがあり、日本人がノーベル賞を受賞してメディアで話題になりましたが、ノーベル賞を受賞した方々も、学問の無力さは実感していると思います。

 もし、学問の無力さ、世の無常さを感じていない受賞者の方がいらしたら、僕はあまり信用出来ません。

 寺田寅彦が書いた、この「天災と日本人」も、寺田寅彦の、無常観のようなものが感じられます。

 森や山、川がある日本では自然の中に八百万(やおろず)の神を畏敬する宗教観が発達し、砂漠のような厳しい自然を持つ国ではイスラム教のような一神教の宗教観が発達したと論じています。

 現代でも十分通じる、宗教観だと思います。

 僕は、学生時代にイスラム教徒の方々が生活する地域(中国の新疆ウィグル自治区のイエチョンという街)に行ったことがあります。

 イエチョンには、チベットのカイラス山巡礼後にトラックをヒッチハイクして、到達しました。

 チベットでは、ツァンパが主食でしたが、ムスリムの方々が住む、イエチョンに到着すると、野菜や、肉の入っている皿うどんのような食べ物が街中で食べられました。

 皿うどんを食べたときの旨かったことは今でも良く覚えています。

 砂漠の中にあるオアシスの街ではチベットにない、野菜や肉の入った皿うどんを食べられ本当に嬉しかったです。

 僕の知っているイスラム教徒(ムスリム)の方々は、普通に信仰心を持った、心優しい人々でした。

 その後、僕はイスラムに関心を持ち、井筒俊彦さんの書いている「コーラン」という本を読んだことがありました。

日本人も、山や森や川などの大自然に赴けば、自然の中に八百万(やおろず)の神を感じる人も多いと思います。

宗教観とは、人が普通に生活する中に芽生える、心の動きだと思います。

自然の中に宗教観を感じるのはごくごく普通のことだと思います。

先日は、寺田寅彦の書いた「天災と日本人」という本を読んだので本を読んでの感想を書いておきます。
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