千葉達朗氏の赤色立体地図の本なので、書誌・目次・地図の手法解説を集めます。本書は、赤色立体地図の発明者・千葉達朗による、日本列島の活火山と活断層を「森も建物もない素肌」として見せる図鑑です。2006年初版の増補改訂「最新版」で、2011年8月26日(奥付は9月)に技術評論社から刊行されました。B5判、巻頭特集8頁+本文135頁(計144頁前後)、ISBN 978-4-7741-4785-7。帯コピーが「逃げられない日本列島の宿命がリアルに浮かびあがる!」です。シリーズ名は「ビジュアルはてなマップ」。予測論の本ではなく、地形そのものを見て災害の「現場」を理解させる本です。
初版(2006)は活火山108・活断層98。最新版は活火山110・活断層110に更新し、巻頭に東日本大震災を踏まえた特集「これからも起こる大災害」を加え、海底地形・海溝も意識して再編集しています。アジア航測の告知では、三陸海岸の地形の違いと津波到達点の関係などが特集に入ると明記されています。
著者と「赤色立体地図」という道具
千葉達朗(1956年、宮城県石巻市生まれ)はアジア航測総合研究所技師長(当時、理事・フェロー)。専門は火山学・地形学・地質学・第四紀学。技術士(応用理学)。2002年に赤色立体地図作成法を発案し、2005年に特許登録(のち米・中・台でも取得)。きっかけは富士山・青木ヶ原樹海の航空レーザ測量でした。精密なDEMはあるのに、従来の等高線では樹海の下の溶岩流・火口・断層が読めない。そこで新しい可視化を作りました。
手法の要点は次の通りです。
- 傾斜を赤の彩度にする(急斜面ほど赤が濃い)。
- 「尾根谷度」(周囲よりどれだけ高いか/低いか)を明度にする(尾根は明るく、谷は暗い)。
- 光源方向に依存しないので、陰影図のように片側が潰れることがない。
- 植生・建物・水面を剥いだ地面だけを描くので、火口列、溶岩堤防、断層崖、地すべり、段丘が「生々しい爪痕」として見える。
赤を選んだのは立体錯覚が最も強い色だからです。鼻筋を明るく周囲を落とす化粧に近い、と本人が後年説明しています。本書は、この技法で日本列島全体と個別の山・断層を見せるための図集です。文章は地図を読むためのキャプションと入門解説です。
巻頭とじ込み付録 赤色立体地図でみる、地球の素顔
折り込みの広域図です。初版以来の売り物で、「青く輝く地球も、素肌をみれば猛々しい活動を物語る」というキャッチが付きます。日本だけでなく地球規模の起伏——海嶺、海溝、山脈、火山弧——を同じ技法で見せ、日本列島が四つのプレートがひしめく特異点であることを視覚的に導入します。最新版では、この「素顔」の延長として日本近海の海溝・海底火山も本文側で意識されています。
特集 これからも起こる「大災害」
最新版で新設された8頁です。3.11直後の改訂の核心です。
テーマは「地形が教えてくれる、これからも起こる大災害」。文章で予知を論じるのではなく、すでに地面に刻まれた記録から、同じ場所で同じ種類の現象が繰り返すことを示します。アジア航測の紹介によれば、三陸海岸の地形差と津波到達の対比がここに入ります。リアス式の湾奥で波高が上がる理由、平野部との違い、過去の津波石・段丘・海岸線の変位が、赤色立体地図だと一枚で読める、という構成です。
含意は明確です。大災害は「想定外の新現象」ではなく、地形がすでに予告している現象である。植生と都市がそれを隠しているだけだ。だから地図を見ることは防災である——これが特集のメッセージです。
Part 1 赤色立体地図でみる日本の素顔
列島スケールの構造を、縞模様と大断層で見せる章です。
解説
赤色立体地図の読み方。赤い急斜面、明るい尾根、暗い谷。等高線を頭の中で組み立てる必要がなく、一目で凹凸が分かる。レーザDEMを使うため、従来図では消えていた小崖や火口も出る。
北海道の縦縞模様
北海道を南北に走る山地・火山列・断層の縞。千島弧と東北日本弧が会合する場として、火山フロントと構造線が平行に並ぶ様子が「縦縞」として読めます。知床から千島に続く火山列、日高山脈の隆起が対比されます。
東北の梯子模様
東北日本の脊梁山地と、東西に伸びる火山列・盆地が梯子のように交差する大構造。火山フロント、出羽丘陵、北上山地、日本海東縁のひずみ集中帯が、一枚の赤地図でつながって見えます。3.11の震源域は沖合ですが、陸側のこの梯子が内陸地震と火山の配置を決めています。
糸魚川-静岡構造線
日本を東西に分ける大断層系。糸静線沿いの断層崖、盆地、火山(焼岳・乗鞍など)が直線的に並ぶ。赤地図では、教科書の一本線が、実際には幅を持った破砕帯・断層谷として見える。
中央構造線
西南日本を縦断する日本最長級の断層。中央構造線に沿う急崖と河谷、和泉山脈や中央アルプスとの関係。活断層区間と地質断層区間の違いも、地形の新鮮さ(崖のシャープさ)として示されます。
新潟県中越地震の震源断層付近
2004年中越地震。山古志の棚田が乗っていた流れ盤・地すべり地形、余震域の小断層が、地震後の地面にどう残ったか。赤地図は震災直後の変動地形判読にも使われました。初版からある項目で、最新版では「内陸直下型は地形に予兆がある」例として再提示されます。
阪神・淡路地震の震源断層付近
1995年兵庫県南部地震。野島断層の地表地震断層、六甲の逆断層山地、大阪湾側の沈降域。都市の下に活断層がある、ということを空中写真より直観的に見せます。淡路島北岸のずれも対象です。
Part 1の結論は、日本列島の「顔」はプレート運動の傷の集合だ、ということです。縞も梯子も構造線も、逃げられない配置です。
Part 2 火山と断層に詳しくなろう
地図を見る前の用語集です。対象は一般読者です。
火山ってなに?
マグマが地表に達する場所。成層火山、カルデラ、溶岩ドーム、単成火山群。活火山の定義(当時、おおむね過去1万年以内に噴火、または噴気活動)を置き、休火山・死火山は使わない、と述べます。最新版の「110」はこの定義に対応します。
火山はどうしてできるの?
沈み込み帯のマグマ発生、ホットスポットとの対比。日本の火山のほとんどはプレート沈み込みの産物です。火山フロントの位置が Part 1 の縞・梯子と一致することを回収します。
火山にはどんな種類があるの?
マグマの粘度とガスで、溶岩流型と爆発型が分かれる。富士山型、浅間型、阿蘇カルデラ型、伊豆諸島の単成火山。地形(円錐、火口列、カルデラ壁)が噴火様式の化石である、というのが赤地図を見る理由です。
火山が噴火するとどんなことが起こるの?
溶岩流、火砕流、降下火砕物、泥流・ラハール、山体崩壊、津波(海域・山体崩壊)。有珠、雲仙、三宅島など著者が航空写真判読で関わった噴火が、頭の中の参照例になります。
火山は悪いことばかりなの?
温泉、地熱、肥沃な土、景観、地下水。災害の章の直後に「恵み」を置くのは、千葉の地形学が「脅威の展示」だけで終わらないためです。ただし本書の主目的は素顔を見せることにあり、観光案内ではありません。
断層って何?
正断層・逆断層・横ずれ。活断層は「今後また動く可能性のある断層」。断層崖、低断層崖、撓曲、逆向き低断層崖、的場(offset)河川。赤地図では、等高線では追い切れない低い崖が連続して見え、都市平野の「隠れた活断層」も議論できます。中越・阪神の実例がここで意味を持ちます。
Part 3 日本の火山110と活断層110
カタログと地方概説です。初版の108/98から、気象庁の活火山見直しと活断層調査の進展を反映して110/110へ更新したのが最新版の数字面の売りです。
日本の火山110/日本の活断層110
全国一覧。位置図と、各山・各断層の型・最新活動の要約。読むというより引くページです。海の火山(伊豆・小笠原、海底カルデラ)も含む方針が、出版社紹介の「海底火山、海溝」と対応します。
地方別「火山と地形」(北海道/東北/関東/中部・中越・北陸/近畿・中国・四国/九州)
各地方の赤色立体地図を一枚置き、火山フロント、カルデラ、活断層帯、平野の段丘をまとめて読む章です。個別の山に入る前に、「その地方の顔」を把握させる構成です。
- 北海道:千島弧の火山列、カルデラ(摩周など)、西南北海道の有珠・駒ヶ岳。
- 東北:梯子構造の上に八甲田・十和田・岩手・鳥海・蔵王・磐梯。
- 関東:那須から富士・箱根、伊豆諸島。首都圏の下の活断層と火山灰の供給源。
- 中部・中越・北陸:糸静線沿いの焼岳・乗鞍・御嶽、新潟焼山、中越の褶曲—断層帯。
- 近畿・中国・四国:活火山は少ないが中央構造線と中央構造線活断層系、四国の山地。
- 九州:阿蘇カルデラ、霧島、桜島、雲仙。西南日本で火山が再び密になる理由(琉球弧の沈み込み)。
ここまでが「地図帳の総論」です。
Part 4 赤色立体地図でみる活火山と活断層
本書の本体です。各山・各地域を見開きまたは数頁の赤地図+解説で巡ります。2011年版の出版社目次は地方見出しだけですが、2006年版で列挙された個別山は最新版でも核になっており、Kinokuniya の細目にも「知床硫黄山・羅臼岳・天頂山」「摩周・アトサヌプリ」が残っています。代表的な並びは次の通りです。
北海道
知床硫黄山・羅臼岳・天頂山/摩周・アトサヌプリ/雌阿寒岳/十勝岳/樽前山・恵庭岳/有珠山/北海道駒ヶ岳
有珠は2000年噴火の潜在円頂丘と多数の断層変位が、赤地図の「見せ場」です。火口列と溶岩ドームの成長が、植生を剥いだ地面にそのまま残ります。
東北
八甲田山・十和田/岩手山/秋田駒ヶ岳/鳥海山/蔵王山/磐梯山/吾妻山/安達太良山
磐梯は1888年の山体崩壊の爪痕、十和田は巨大カルデラ、岩手は山体の割れ目と新しい溶岩。東北の「梯子」の一段一段が、個別の山の地形になります。
関東
那須岳/燧ヶ岳・日光白根山/赤城山・榛名山/草津白根山/浅間山/富士山/箱根山/伊豆東部火山群・伊豆大島/三宅島
富士山は技法誕生の地です。青木ヶ原の溶岩流、側火口、宝永火口、山麓の断層・ titanic な裾野が、樹海の下から現れます。伊豆大島・三宅島は2000年噴火を著者自身が撮影計画した現場で、カルデラ床と火口列がよく出ます。草津白根は水蒸気爆発地形。首都圏の防災読者にとって、このブロックが最も「自分の空の下」です。
中部
新潟焼山・妙高山/弥陀ヶ原(立山)/横岳/焼岳・アカンダナ山・乗鞍岳/御嶽山
糸静線と乗鞍火山列。御嶽は2014年噴火以前の版なので、水蒸気爆発の危険は後から現実になりますが、山体の崩壊地形と火口はすでに地図にあります。
中国
阿武火山群
西南日本内帯の単成火山。大きな成層火山がない地域でも、小さな火口と溶岩が地面に残っていることを示すための項目です。
九州
鶴見岳・伽藍岳・由布岳・九重山/阿蘇山/雲仙岳/霧島山/若尊・桜島
阿蘇のカルデラ壁と中央火口丘、雲仙の平成新山と火砕流扇状地、桜島の大正溶岩と姶良カルデラ(若尊は湾内の海底火山)。九州は「今も噴いている山」が最も密集する章です。
各項目の読み方はほぼ共通です。①赤地図で火口・溶岩・崩壊・断層を指差す、②いつ・どの様式でその地形ができたか、③同じ地形が意味する次の現象(溶岩の再流出、山体崩壊、火口列の延長)。文章は短く、主役は図です。
本書の位置と、前後の本との違い
何の本か
予知の理論書でも、確率の解説書でもありません。レーザ測量という観測技術と、新しい可視化によって、「日本列島はすでに傷だらけである」ことを見せる視覚教材です。副題の「逃げられない宿命」は、運命論というより、活断層と活火山の上に都市があるという地理的事実の強調です。
2011年改訂の意味
3.11の直後に、海溝・三陸・「これからも起こる大災害」を足した点が、鎌田『次に来る自然災害』(2012)や井田『地震予知と噴火予知』(2012)と同じ時代の空気です。ただし千葉はシナリオや発生時期を断定せず、地面に残った証拠を見せます。津波の高さは湾の形を見よ、次の噴火口は既存の火口列の延長を見よ、活断層は低崖の連続を見よ。
限界
B5・140頁強に110の山と110の断層を詰めるため、各論は見開き程度です。深部構造、マグマ供給率、発生確率、避難計画は扱いません。活火山数・活断層数は2011年時点です。赤地図は標高値そのものを数字で示さないので、測量原図やハザードマップの代替にはなりません。立体錯覚が強いぶん、高さの定量は別資料が要ります。
読み方
巻頭付録と Part 1 で列島の骨格(縦縞・梯子・糸静線・中央構造線)を掴み、自分の地方の Part 3・4 を開き、特集の三陸と中越・阪神の頁で「地形=過去の災害の化石」を確認する、という順が効率的です。同じ2011–12年の鎌田・井田と並べると、鎌田が「次に来る四つの災害」、井田が「予知の科学と制度」、千葉が「その災害の現場の形」を担当していることが分かります。三点セットで、言葉・制度・地形が揃います。
個々の図版の読み取り(どの尾根が溶岩堤防か、どの線が地表地震断層か)は、原書の大判図を見る必要があります。文章だけでは赤色立体地図の本の本体は再現できません。