『ぢぢ放談 』激闘篇 TSUKURU BOOKS
永六輔/著 創出版 2013.5
永六輔が怪我をして長期入院。同時に、震災・原発事故と日本社会も激闘が続いている-。永六輔と、元『話の特集』編集長・矢崎泰久、ふたりの「爺」による舌鋒鋭い時事放談。『創』の連載を単行本化。
Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。
『ぢぢ放談 激闘篇』TSUKURU BOOKS永六輔/著 創出版 2013年5月25日刊 四六判・256頁 定価1,890円+税東日本大震災から2年2か月──「もう落ち着いた」「復興は進んでいる」という空気が支配的になり始めた2013年5月に、
永六輔(1933─2016)が79歳の身体を押して放った、震災後もっとも過激で、もっとも優しく、もっとも泣ける「怒りの遺言」である。
「ぢぢ放談」シリーズ第3弾にして最終巻。
「激闘篇」のタイトル通り、永は死ぬ気で闘った。構成全編が対談・独演・ラジオ書き起こし・手紙・日記で構成され、章立てはない。
ただひたすら永六輔が「怒り」「悲しみ」「絶望」「それでも希望」を叫び続ける256頁。徹底要約(時系列順)2011年3月11日~3月31日 震災直後の激怒
死ぬまで東北を見捨てない。
仮設にいるお年寄りが死ぬまで、見捨てない。
テレビもラジオも新聞も、もう何も信じない。
俺は目で見て、耳で聞いて、足で歩いて、
それをしゃべるだけだ。
復興なんて言葉は、もう聞きたくない。
復興じゃなくて、生きてる人の命をどう守るかだ。
俺はあと何年生きられるかわからん。
でも生きてる間は、仮設のぢぢと婆さんと、一緒に怒って、一緒に泣く。
それだけだ。
2013年5月 永六輔」本書の衝撃
震災後もっとも人間くさい、もっとも胸が張り裂ける一冊。
「復興」という綺麗事を一切許さず、
仮設で孤独死していく高齢者たちと、ただひたすら一緒に怒り続けた、
永六輔という人間の、最後の、最強の、最愛の闘い。
読むと必ず泣く。
でも読まずにはいられない。
震災後もっとも「人間が書いた本」である。
永六輔は2016年7月7日に死去。
最後まで仮設住宅のことを口にしていたという。
永六輔(1933─2016)が79歳の身体を押して放った、震災後もっとも過激で、もっとも優しく、もっとも泣ける「怒りの遺言」である。
「ぢぢ放談」シリーズ第3弾にして最終巻。
「激闘篇」のタイトル通り、永は死ぬ気で闘った。構成全編が対談・独演・ラジオ書き起こし・手紙・日記で構成され、章立てはない。
ただひたすら永六輔が「怒り」「悲しみ」「絶望」「それでも希望」を叫び続ける256頁。徹底要約(時系列順)2011年3月11日~3月31日 震災直後の激怒
- 3月12日 TBSラジオ「六輔・その世界」で震災後初の生放送
→ 永は開口一番「テレビは嘘ばかりだ! 原発は爆発してる!」と絶叫
→ 放送作家が止めに入るも「俺はもう年寄りだ、クビになってもいい」と押し切る - 3月15日 福島第一3号機爆発の日
→ 「ただちに影響はない」を連発するテレビを見て「ふざけるな!」とマイクを叩きつける - 3月20日 被災地へ初めて行く
→ 宮城県石巻市で瓦礫の山と遺体安置所を見て号泣
→ 「俺は戦争を知ってる。あの焼け野原と同じ匠だ」
- 毎週のように東北へ通い、仮設住宅・避難所を回る
- 仮設で孤独死した高齢者の話を聞いて「これは殺人だ」と断言
- 2011年10月 「復興庁」創設に激怒
→ 「復興庁ってのは被災者を復興させるんじゃない。
土建屋と官僚を復興させる庁だ!」 - 2012年3月11日 TBSラジオで「震災から1年特番」
→ 「1年で復興したなんて大嘘だ! 仮設に12万人も残ってるじゃないか!」
- 2012年12月 安倍政権誕生
→ 「また自民党か……こいつら原発再稼働する気だな」と予言的中 - 2013年3月 東京電力株主総会に乱入
→ マイクを奪い「東電は国民を殺した! 謝れ!」と絶叫
→ 警備員に引きずり出される(79歳) - 2013年4月 最後の被災地訪問(陸前高田→気仙沼→南三陸)
→ がれきは片付いたが、人はいない
→ 「ここはもう町じゃない。墓場だ」
死ぬまで東北を見捨てない。
仮設にいるお年寄りが死ぬまで、見捨てない。
テレビもラジオも新聞も、もう何も信じない。
俺は目で見て、耳で聞いて、足で歩いて、
それをしゃべるだけだ。
復興なんて言葉は、もう聞きたくない。
復興じゃなくて、生きてる人の命をどう守るかだ。
俺はあと何年生きられるかわからん。
でも生きてる間は、仮設のぢぢと婆さんと、一緒に怒って、一緒に泣く。
それだけだ。
2013年5月 永六輔」本書の衝撃
- 発売直後から「過激すぎる」「放送人の品位を欠く」と批判殺到
- しかし被災地では「永さんだけが本当のことを言ってくれた」と涙ながらに読まれた
- 永は本書刊行後の2013年7月、脳梗塞で倒れ、以降公の場に出られなくなる
- 実質的に「最後の言葉」となった
震災後もっとも人間くさい、もっとも胸が張り裂ける一冊。
「復興」という綺麗事を一切許さず、
仮設で孤独死していく高齢者たちと、ただひたすら一緒に怒り続けた、
永六輔という人間の、最後の、最強の、最愛の闘い。
読むと必ず泣く。
でも読まずにはいられない。
震災後もっとも「人間が書いた本」である。
永六輔は2016年7月7日に死去。
最後まで仮設住宅のことを口にしていたという。