「これでも罪を問えないのですか! 」 福島原発告訴団50人の陳述書
福島原発告訴団/編 金曜日 2013.9
2012年6月、福島原発告訴団が原発事故を引き起こした東京電力の幹部や国の関係者らの刑事責任を問う告訴状を福島地検に提出。その際に添えられた陳述書からの抜粋や、『週刊金曜日』に連載された告訴団の声等を収録する。
先日、文京区立図書館で、「これでも罪を問えないのですか」という本を借りて読んでみました。
福島原発事故で被害を被った方々の言葉が書かれています。
福島原発事故を起こした東電を刑事告訴しようとした、「福島原発告訴団」の中の50人の陳述書が掲載されています。
一言一言が重く、本を読んでいる側も辛い気持ちになりました。
テレビなどでは報道されない声が多く掲載されていて、これほどまでに福島原発事故で苦しんだ方々がいらしたのかと驚くとともに、精神薬を処方された方々も多くいらして、同じく精神薬を長い間処方されている僕も同情するとともに、福島原発事故の責任の所在が明らかになれば良いと思いました。
現在の東電刑事裁判で争われている、東電の業務上過失致死傷の罪を問われている、大熊町の双葉病院の入院患者が死亡したことについても書かれていました。(P101)
この本を読んでみると、東電の福島原発事故における刑事責任は大熊町の双葉病院の入院患者が死亡した業務上過失致死傷だけで足りるのかと率直な感想を抱きました。
大熊町の双葉病院の入院患者が死亡したこと以外にも、多くの被害があるようで、東電の刑事責任はその他の事例でも問われるのではないのかと思いました。
ただ、現在行われている東電刑事裁判に至った経緯からも、検察がその他の事例については起訴しようとしなかったことが分かります。
福島原発告訴団の方々も長い道のりを経て、現在の東電刑事裁判までこぎつけたのだと思いました。
最後に福島原発告訴団の、告訴声明が掲載されていたので、以下に引用しておきます。
福島原発告訴団「告訴声明」
今日、私たち1324人の福島県民は、福島地方検察庁に
「福島原発事故の責任を問う」告訴を行いました。
事故により日常を奪われ、
人権を踏みにじられた者たちが
力をひとつに合わせ、怒りの声を上げました。
告訴へと一歩踏み出すことはとても勇気のいることでした。
人に罪を問うことは、
私たち自身の生き方を問うことでもありました。
しかし、この意味は深いと思うのです。
●この国に生きるひとりひとりが大切にされず
だれかの犠牲を強いる社会を問うこと
●事故により分断され、引き裂かれた私たちが
再びつながり、そして輪をひろげること。
●傷つき、絶望の中にある被害者が力と尊厳を取り戻すこと
それが、子どもたち、若い人々への責任を
果たすことだと思うのです。
声を出せない人々や生き物たちと共に在りながら
世界を変えるのは私たちひとりひとり。
決してバラバラにされず
つながりあうことを力とし
怯むことなくこの事故の責任を問い続けていきます。
2012年6月11日
「福島原発告訴団」告訴人一同
早稲田大学探検部関係者には是非、ご一読していただきたい本です。