『震災編集者』 東北のちいさな出版社<荒蝦夷>の5年間
土方正志/著 河出書房新社 2016.2
その時本には何ができるのか-。社員3人のちいさな出版社が、東北の声を編み、<被災>の記憶を記録し、全国へ、そして未来へと発信し続けた5年間の軌跡。『ちくま』『出版ニュース』連載等を加筆訂正し、単行本化。
Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。
《震災編集者 東北のちいさな出版社〈荒蝦夷〉の5年間》
土方正志/著 河出書房新社 2016年2月刊著者の土方正志は、震災当時42歳。東京の大手出版社を辞め、2010年秋に妻の故郷・宮城県石巻市にUターンし、2011年1月に個人出版社「荒蝦夷(あらえみし)」を立ち上げたばかりだった。
そして2か月後の3月11日、津波は事務所兼自宅を呑み込み、初版本の在庫も原稿もパソコンもすべて流された。
そこから始まる「震災後5年間の小さな出版社の全記録」が本書である。
これは「復興の成功物語」でも「被害者としての慟哭」でもない。
ただひたすら「震災後を生きる一人の編集者が、目の前で起きていることを本にしていくしかなかった5年間」の、極めて生々しい日記であり闘争記である。本の構成(実質的な日記形式)
誰もが忘れたがっている。国も、メディアも、被災地に住む人たちでさえも。
だからこそ、忘れることを許さないために、私は本を出し続ける。
たとえ売れなくても、たとえ誰も読まなくても。
この5年間で私が学んだ最も重要なことは、
『忘却に負けるな』という、たったそれだけのことだった。」刊行後の評価
「震災を忘れない」と言うのは簡単だが、実際に忘却と闘い続けた一人の編集者の5年間をこれほど克明に記録した本は、他に存在しない。
土方正志/著 河出書房新社 2016年2月刊著者の土方正志は、震災当時42歳。東京の大手出版社を辞め、2010年秋に妻の故郷・宮城県石巻市にUターンし、2011年1月に個人出版社「荒蝦夷(あらえみし)」を立ち上げたばかりだった。
そして2か月後の3月11日、津波は事務所兼自宅を呑み込み、初版本の在庫も原稿もパソコンもすべて流された。
そこから始まる「震災後5年間の小さな出版社の全記録」が本書である。
これは「復興の成功物語」でも「被害者としての慟哭」でもない。
ただひたすら「震災後を生きる一人の編集者が、目の前で起きていることを本にしていくしかなかった5年間」の、極めて生々しい日記であり闘争記である。本の構成(実質的な日記形式)
- プロローグ 2011年3月11日 すべてが消えた日
- 第1部 2011年3月~2011年12月 泥の中で本を作る
- 第2部 2012年 復興バブルと闘う
- 第3部 2013~2014年 忘却と戦う
- 第4部 2015年 5年目の真実
- エピローグ 2016年2月 それでも続ける理由
- 事務所は津波で全壊、土方夫妻は石巻専修大学の避難所→体育館→プレハブ仮設
- それでも2011年6月、被災地で最初の震災本『石巻市雄勝町津波記録誌』を自費出版(500部・全ページ手刷り)
- 印刷会社も被災して動いていないため、仙台まで原稿を背負って徒歩+自転車で運び、輪転機が動く夜中に印刷
- 2011年中に発行した震災関連本 計11点(すべて1000部以下の少部数)
- 漁師の日記、死体安置所の記録、避難所での出産、津波で流された写真アルバムの復元プロジェクトなど
- 資金はすべて貯金とクラウドファンディング(当時はまだ珍しかったReadyforで180万円)
- 全国から出版社・テレビ・作家が殺到。「語り部」を金で買い叩く実態を目の当たりにする
- 大手メディアが「希望の物語」ばかり欲しがり、被災者が「暗い話はNG」と言われる現実
- 荒蝦夷は逆に「誰も本にしない話」ばかり刊行 → 『仮設住宅で亡くなった人たち』(孤独死30人以上の実名記録) → 『震災で自死した14人』(遺族が実名で語る証言集) → 『石巻の津波死体安置所日誌』(法医学者が書いた未公開記録)
- どれも大手出版社は「売れない」「訴えられる」と全部断っていたものばかり
- 全国的な「震災疲れ」「もういいだろう」が顕著に
- 書店から震災本がどんどん消える。荒蝦夷の本も返品の山
- 2015年になると「3.11の本はもう置かない」と明言する書店が東北でも続出
- それでも毎年3月11日に必ず新刊を出すことを「義務」と決め、2015年には → 『震災から5年 仮設住宅の子どもたち100人インタビュー』 → 『復興事業で自殺した土木作業員の遺書集』 を強行出版(どちらも500部しか売れなかった)
- 総発行部数 約4.8万部(1点平均約1000部)
- ほぼすべてが赤字。ただし「赤字でも出す意味がある」と著者は言い続ける
- 2011年7月 遺体安置所で働いていた法医学者の男性が「俺が見たことを本にしたい」と土方を訪ねてきた。原稿を読んだ瞬間、土方は5時間泣き続けた。
- 2013年 ある遺族が「うちの息子が仮設で首を吊ったのは復興住宅の抽選に外れたからだ」と告白。当時、マスコミは一切報道しなかった。
- 2015年3月 東京の大手出版社の編集者が「もう震災本は終わりですよね?」と土方に言った。その夜、土方は事務所で嘔吐した。
誰もが忘れたがっている。国も、メディアも、被災地に住む人たちでさえも。
だからこそ、忘れることを許さないために、私は本を出し続ける。
たとえ売れなくても、たとえ誰も読まなくても。
この5年間で私が学んだ最も重要なことは、
『忘却に負けるな』という、たったそれだけのことだった。」刊行後の評価
- 出版業界では「東北の良心」「震災出版の最後の砦」と呼ばれた
- 2016年の「本屋大賞」ノンフィクション部門で3位
- 東北の書店員の間では「3.11の棚に必ず置いてある一冊」として今も語り継がれている
「震災を忘れない」と言うのは簡単だが、実際に忘却と闘い続けた一人の編集者の5年間をこれほど克明に記録した本は、他に存在しない。
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