2014年9月26日金曜日

『証言その時々』

『証言その時々』  講談社学術文庫 - 2252            

大岡昇平/[] 講談社    2014.8


収容所で敗戦の報に接した作家が見た戦争、そして戦後日本の姿とは。数々の戦争文学を残した大岡昇平が、帰還兵への思い、60年安保、チェルノブイリ原発事故への眼差しなど戦争をめぐる証言を綴る。

Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問したところ以下のような回答が返ってきました。

『証言その時々』(講談社学術文庫 2252、大岡昇平著、2014年8月刊)は、1987年に筑摩書房から単行本として初刊行されたエッセイ・評論集の文庫版です。
全320ページ。原本のあとがきで大岡自身が述べている通り、「戦争について、折に触れて求められるままに書いた文章を集めた」一冊で、蘆溝橋事件(1937年)前夜から1980年代半ば(戦後40年頃)までの約半世紀にわたる「戦争に関する意見の、ほとんど全部」を収めています。
本書は小説や戦記(『俘虜記』『野火』『レイテ戦記』など)ではなく、非フィクションの「証言」集です。大岡昇平(1909-1988)は、1944年に召集されフィリピン・ミンドロ島で米軍の捕虜となり、1945年12月に復員した元兵士として、敗戦の瞬間を収容所で迎えた体験を基に、戦争の悲惨さ・愚かさ・人間性を繰り返し問い続けました。本書はまさにその「その時々」の記録であり、戦前・戦中・戦後の日本社会を、冷静かつ鋭利な視点で切り取ったものです。 全体のテーマと位置づけ
  • 核心: 「戦争を知らない人間は、半分は子供である」(『野火』より)という大岡の信念に基づき、戦争体験を風化させず、戦後日本が再び「来た道」をたどる危険(防衛費1%枠突破、国家秘密法の動きなど)を警鐘する。
  • 視角: 軍部批判に留まらず、「戦争そのもの」を見る。感傷や国家主義を排し、兵士・捕虜・民衆の視点から人間の脆さ・差別・妄想的な現実を抉る。
  • 構成の特徴: 時系列に近い形で並べられ、1937年の書評から始まり、8月15日関連の繰り返しエッセイ、ルバング島・グアム島残留日本兵問題、ベトナム戦争、チェルノブイリ原発事故(間接的に核・戦争の延長線上)への言及までをカバー。重複するテーマ(特に8月15日)は意図的に残されており、大岡の思考の連続性を示しています。
詳細な内容要約(目次に基づく)講談社版の目次は以下の通りです。主な章をグループ化して要約します。
  1. 戦前・書評時代(1937年頃)
    • 「武藤貞一『戦争』」「チャーチル『世界大戦』」「武藤貞一『日支事変と次に来るもの』」
      蘆溝橋事件直前の時期に書かれた文学界掲載の書評。軍事書や戦争論に対する大岡の初期の批判的視点を早くも示す。文体は後年のものとほとんど変わらず、冷静で分析的。
  2. 捕虜体験と戦中・戦後初期
    • 「俘虜記(抄)」
      1950年『文学界』掲載。大岡自身の捕虜生活の抜粋。敗戦の報に接した瞬間が象徴的:「私はひとりになった。静かに涙が溢れて来た……祖国は敗けてしまったのだ。偉大であった明治の先人達の仕事を三代目が台無しにしてしまったのである」。ここに大岡の戦争観の原点がある。
    • 「記録文学について」「『裸者と死者』」「二万人の死者より二十人の生者を」「白地に赤く」
      ノーマン・メイラー『裸者と死者』書評を中心に、吉田満『軍艦大和』を批判。「日本の戦記作家の戦争に対する眼は束縛されている」「軍部の封建的愚劣の結果として現われる悲惨」に留まらず、戦争そのものを見失う危険を指摘。
  3. 戦後社会への証言(1950年代〜1970年代)
    • 「作家の日記(抄)」「ルバング島を思う」「ルバング島の日本兵」「某月某日」「戦争の思い出」「「ニュールンベルグ裁判」を見て」「私と戦争」「紀元節の思い出」「民の声と「大国」の利害」「二十年後」「この八月十五日」「日本人とは何か」「ビートルズとデモの間にて」「フィリピン紀行」「なぜ戦記を書くか」「八月十五日」「人間差別がたどる運命」「東風西風(抄)」「肉体は脆いもの」「フィリピンと私」「六十三、四の正月」「グアム島の証人」「時間」「サクラとイチョウ」「ルバング島の兵士たち」「私の中の日本人」「ベトナムのこと」「妄想的な現実」
      ここが本書の中心部。
      • ルバング島(小野田寛郎ら残留兵)やグアム島(横井庄一)問題を繰り返し取り上げ、戦後日本の「忘却」と「象徴」として論じる。
      • 8月15日関連エッセイが複数あり、20年後・30年後・38年目など、時代ごとに日本社会の変化を検証。
      • ベトナム戦争、安保闘争(60年安保)、核問題への言及。
      • 「日本人とは何か」「私の中の日本人」では、自己の戦争体験を通じて日本人のアイデンティティを問い直す。
      • 「妄想的な現実」では、戦後日本の政治・社会の「妄想性」を鋭く批判(チェルノブイリ事故への眼差しもこの延長)。
  4. 戦後後期の総括(1980年代)
    • 「第二の戦後か」「ルバング島の悲劇」「戦後文学の二十九年」「戦後三十年」「視点(抄)」「私と戦争」「三十三年目の夏」「へんな夏」「成城だより(抄)」「三十八年目の八月に」「一兵卒として」「成城だより II・III(抄)」「『レイテ戦記』を直す」「狡猾になろう」「戦後四十年を問う」「悪夢の構図」「河口湖日記(抄)」
      戦後40年近く経った時点で、戦争体験の風化と再軍備の兆しを憂慮。「一兵卒として」「狡猾になろう」では、個人の視点から国家の動きに警鐘を鳴らす。『レイテ戦記』を自ら振り返る文章も含む。
  5. あとがき
    本書の意図を明確に述べ、半世紀の「証言」をまとめた意義を総括。
本書の意義と読みどころ大岡は「得意な分野ではない」と自認しつつ、戦後文学者として「戦争を知らない世代」へ語り継ぐ責任を果たした本です。繰り返しの8月15日エッセイは、むしろ大岡の変わらぬ危機感の証左。書評から始まる構成は、文学者としての大岡の出発点を浮き彫りにし、捕虜体験がすべての基底にあることを示します。
文体は簡潔で論理的。感情を排しつつ、敗戦の涙や兵士の死、残留兵の孤独といった「人間の脆さ」を静かに描く箇所に文学的深みがあります。
戦後日本が「第二の戦後か」と問う警鐘は、2014年の文庫化時点でも、さらには現在も色褪せません。
この本は大岡昇平の戦争文学を理解する「補完書」であり、同時に戦後思想史の重要な証言集です。『レイテ戦記』や『俘虜記』を読んだ後に読むと、より深く響きます。徹底的に詳細な要約として、以上が本書の全容です。実際の読書を通じて、各「その時々」の生々しい声に触れてみてください。
証言その時々
証言その時々
著者:大岡昇平
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