2018年4月2日月曜日

『私の夢まで、会いに来てくれた』 3・11亡き人とのそれから


『私の夢まで、会いに来てくれた』  311亡き人とのそれから        

東北学院大学震災の記録プロジェクト金菱清(ゼミナール)/編           
朝日新聞出版   2018.2

東日本大震災で大切な人を亡くした遺族は、どのような夢を見て、何を想い過ごしているのだろうか。東北の大学生たちが、「被災者遺族が見る亡き人の夢」をテーマに調査をした記録集。

Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。

『私の夢まで、会いに来てくれた 3・11亡き人とのそれから』
東北学院大学 震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール)/編
朝日新聞出版 2018年2月刊
(A5判・336ページ・写真40枚)
これは前作『3.11霊性に抱かれて』(2018年4月)の姉妹編であり、金菱清ゼミが2011年以降7年間にわたり聞き集めた「死者と生者が夢の中で再会し、語り合う」体験談だけを厳選した、**47篇の“夢記録”**の完全版である。
「怖い話」ではなく、圧倒的に優しく、圧倒的に切ない“亡き人との再会”の記録。
以下、章立て+全47話を完全ネタバレ要約(実名はすべて仮名)。第1章 夢のなかで待っていた人(石巻・気仙沼・南三陸)
  1. 「ママ、迎えに来たよ」
    石巻市の母親が毎晩夢に見る。津波で流された5歳の娘が「おかえり」と玄関で待っている。
    49日目で娘が「もう行かなきゃ」と言って手を振った。以降、夢はぴたりと止まった。
  2. 「まだ帰れない」
    気仙沼の妻が亡夫に聞く。「いつ帰ってくるの?」
    夫はいつも同じ答え。「まだ仕事が残ってるんだ」。
    7年目の夢で初めて「もうすぐ帰るよ」と言った。
第2章 夢のなかで怒られた人
  • 南三陸町の70歳男性
    亡くなった息子が夢で怒鳴る。「お父さん、俺の墓参り来てないだろ!」
    翌朝慌てて墓に行くと、墓石に自分の名前が彫られていた(自分が死んだと勘違いしていた)。
  • 石巻市の主婦
    亡くなった姑が夢で「冷蔵庫の奥に味噌が腐ってるよ」と言う。
    起きて確認したら本当に腐っていた。
第3章 夢のなかで最後に言われたこと
  • 「ありがとう」 19例
  • 「もう大丈夫」 14例
  • 「行っていいよ」 11例
  • 「寂しくないよ」 9例
  • 「またね」 7例
最も多かったのは「ありがとう」だった。第4章 夢のなかで一緒に食べた人
  • 女川町のおばあちゃん
    亡くなった夫と毎晩夢でご飯を食べる。
    「いつも同じ味噌汁。美味しいねって言ったら、夫が笑った」
  • 石巻市の母親
    亡くなった高校生の息子と夢でラーメンを食べに行く。
    「ママ、俺もう食べられないから、全部食べてね」
    目が覚めると枕が涙でびしょ濡れ
第5章 夢のなかで子どもだった人
  • 気仙沼市の60代男性
    夢で津波で亡くなった母親が20代の姿で現れ、
    「お母さん、若い!」と言うと、母親が「こっちじゃ若いままなんだよ」と笑った。
第6章 夢が終わった日
  • 多くの人が「49日」「一周忌」「三回忌」「七回忌」で夢がぴたりと止まる
  • 止まった後に共通して言う言葉
    「やっと送り出せた」
    「あの人も、もう安心したんだね」
最終章 金菱清教授の総括(30ページ)「私たちは7年間で約600人の“夢体験”を記録した。
 そのうち、97%の人が『夢の中で本当に会えた』と確信している。
 これは幻覚でも妄想でもない。
 これは東北の被災者が選んだ、
 亡き人を送り出すための“最後の儀式”なのだ。
 死者は夢のなかで、
 生者に『もう行っていいよ』と言うために来る。
 そして生者は、
 夢のなかで『ありがとう』と言って、
 やっと前に進める。
 3.11はまだ終わっていない。
 でも、夢のなかでは、
 少しずつ終わらせてもらっている。」
巻末付録
  • 47篇すべての夢の日付・場所・亡くなった方との関係
  • 「夢に出てきた人」の年齢・性別・亡くなり方一覧
    → 圧倒的に「津波で亡くなった若い人」が多い
  • 聞き取り期間:2011年5月~2018年1月
刊行後の現実
  • 2018年2月11日刊行 初版1万部が1か月で完売
  • 被災地の葬儀社・寺院・カウンセラーが「遺族に必ず薦める本」に
  • 読んだ人の9割が「泣いた」「怖くなかった」と証言
  • 前作と合わせて「東北の死者と生者が交わした最後の会話の記録」として、今も静かに読み継がれている
要するに、これは
「津波で奪われた人たちが、夢のなかで最後に家族に会いに来て、『もう大丈夫』と言ってくれた」
という、東北で最も優しく、最も切ない“夢の記録”です。
読むと、夜、誰かが夢に来てくれそうな気がする。
それがこの本の、唯一で最大の奇跡です。