2014年5月18日日曜日

『ナガサキ消えたもう一つの「原爆ドーム」』



『ナガサキ消えたもう一つの「原爆ドーム」』  文春文庫90-1

高瀬毅/著 文藝春秋 2013.7

 被爆した浦上天主堂の廃墟は保存を前提に残されていたが、戦後13年目に突然取り壊された。その裏には何があったのか? 長崎原爆の隠された真実に迫る。東日本大震災の遺構撤去を巡る補記を附す。

 『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(高瀬毅著、文春文庫、2013年7月刊、ISBN: 978-4-16-783868-3)は、長崎の原爆投下で破壊された浦上天主堂の廃墟が、広島の原爆ドームのような被爆遺構として保存されず、1958年に撤去された背景を追うノンフィクションです。著者の高瀬毅は、長崎市出身のジャーナリストで、2009年に平凡社から刊行された単行本を文庫化した本書で、第15回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞しました。本書は、浦上天主堂の撤去にアメリカの影響があったとする仮説を、当時の文書、議事録、関係者への取材を通じて検証し、戦後日本の対米従属と核の歴史を浮き彫りにします。以下に、章ごとの詳細な要約を中心に、内容を徹底的に解説します。
--- ### **本書の概要と背景** 本書は、1945年8月9日の長崎への原爆投下により壊滅した浦上天主堂(爆心地から北東約500メートル、1925年完成、東洋一と称されたカトリック聖堂)が、戦後13年目に撤去された経緯を探るノンフィクションです。広島の原爆ドームが世界遺産として保存され、核兵器の非人道性を後世に伝える象徴であるのに対し、長崎には同様の被爆遺構が存在しません。著者は、浦上天主堂の廃墟が「もう一つの原爆ドーム」として保存される可能性があったにもかかわらず、なぜ撤去されたのか、その背景にアメリカの政治的圧力があったのではないかと仮説を立て、丹念な調査を展開します。 高瀬毅は1955年長崎生まれで、自身の母が被爆者であることから原爆問題に強い関心を持ち、ニッポン放送の記者・ディレクターを経てフリーのノンフィクション作家として活躍。本書は、浦上のキリスト教史、原爆投下の経緯、戦後日本の政治状況、アメリカの冷戦戦略を織り交ぜ、浦上天主堂撤去の「ミステリー」を解き明かします。文庫版(全304ページ、715円税込)には、東日本大震災(2011年)の遺構撤去問題を踏まえた追記が加わり、災害遺構の保存と記憶の継承について現代的視点を提供します。 --- ### **章ごとの詳細な要約** #### **第1章 昔、そこに天主堂の廃墟があった** - **内容**:著者が浦上天主堂の廃墟写真(石田寿撮影)を見て衝撃を受け、取材を始めたきっかけを描く。長崎市生まれの著者は、被爆者である母との浦上訪問の記憶を振り返り、広島の原爆ドームとは異なり、長崎に象徴的な被爆遺構がないことに疑問を抱く。浦上天主堂は、爆心地近くにそびえる高さ25メートルの鐘楼を持つ壮麗な聖堂だったが、原爆で廃墟化。戦後、保存の動きがあったにもかかわらず、1958年に撤去された。 - **ポイント**:浦上天主堂の廃墟が持つ視覚的インパクト(焼け焦げたマリア像、崩れた煉瓦壁)と、広島の原爆ドームとの比較が強調される。著者は、撤去の背景に何があったのかを追う動機を語る。[](https://booklive.jp/product/index/title_id/215753/vol_no/001) #### **第2章 弾圧を耐え抜いた浦上の丘** - **内容**:浦上のキリスト教史を詳細に紹介。浦上は、江戸時代の禁教令下でキリスト教徒が迫害され、殉教者を出した地域。明治維新後、隠れキリシタンが信仰を公にし、1895年に着工、1925年に完成した浦上天主堂は、信者たちが踏み絵の行われた庄屋跡地を購入して建てた、信仰の象徴だった。原爆投下時、浦上は日本最大のカトリック共同体で、信者約12,000人のうち8,500人が死亡。 - **ポイント**:浦上の歴史的背景(弾圧、隠れキリシタン、明治の信仰復活)が、浦上天主堂の文化的・宗教的重要性と、原爆による破壊の悲劇性を際立たせる。[](https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784167838683) #### **第3章 原爆投下―浦上への道** - **内容**:1945年8月9日の長崎原爆投下の経緯を、米軍資料や生存者の証言から再構成。当初の目標は北九州・小倉だったが、悪天候で視界不良のため第二目標の長崎へ変更。爆心地は当初の計画(長崎市中心部、三菱兵器製作所)からずれ、雲の切れ目だった浦上上空で投下された。爆発は天主堂を直撃し、信者や聖職者を壊滅させた。 - **ポイント**:原爆投下が「誤爆」だった可能性と、キリスト教徒の聖地を破壊したことへのアメリカの意識が示唆される。著者は、米軍内部でのミサ後の投下という皮肉を指摘。[](https://booklive.jp/review/list/title_id/230846/vol_no/001) #### **第4章 浦上の聖者と米国の影** - **内容**:戦後の浦上での復興と、永井隆(長崎の被爆者で医師、『長崎の鐘』の著者)の役割を紹介。永井は被爆者救護に尽力し、平和思想を広めたが、浦上天主堂の廃墟保存をめぐる議論では賛否両論があった。アメリカの占領下で、GHQのプレスコードにより原爆被害の報道が制限される中、浦上のキリスト教コミュニティは孤立感を深めた。 - **ポイント**:永井隆の平和思想と、浦上のキリスト教徒の精神的抵抗が、後の撤去問題の背景となる。アメリカの検閲が原爆の記憶を歪めた可能性が示唆される。 #### **第5章 仕組まれた提携** - **内容**:1955年、長崎市と米国セントポール市の姉妹都市提携が成立。長崎市長・田川勉は当初、浦上天主堂の廃墟を保存し、原爆の悲惨さを伝える遺構とする方針を支持していた。しかし、1956年の訪米後、「廃墟は原爆の悲惨さを物語る資料として適切でない」と発言し、撤去を推進。市議会や原爆資料保存委員会も保存を支持していたが、市長の翻心で撤去が決定。 - **ポイント**:市長の訪米が転換点。著者は、米国情報局(USIA)やフルブライト奨学金プログラムを通じたアメリカの「懐柔」が背景にあったと推測。[](https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167838683)[](https://booklive.jp/product/index/title_id/215753/vol_no/001) #### **第6章 二十世紀の十字架** - **内容**:浦上天主堂の廃墟が持つ宗教的・歴史的意義を、キリスト教の「十字架」に重ねて考察。被爆したマリア像や煉瓦壁は、原爆の非人道性と浦上の殉教の歴史を象徴していた。信者や市民の一部は保存を望んだが、撤去反対の声は抑えられた。 - **ポイント**:廃墟の象徴性が、広島の原爆ドームと同等かそれ以上の価値を持っていたと主張。キリスト教社会のアメリカが、自身の「罪」を隠すために撤去を促した可能性を指摘。 #### **第7章 傷跡は消し去れ** - **内容**:1958年、浦上天主堂の廃墟は一部(煉瓦壁など)を平和公園に移築し、残りは完全撤去。新たな天主堂が同地に再建された。撤去の背景には、戦後日本の経済復興優先主義と、冷戦下のアメリカの核開発推進政策が影響したと分析。第五福竜丸事件(1954年)で高まった反核感情を抑えるため、米国は「原子力の平和利用」を強調し、原爆の傷跡を消す方向に誘導した。 - **ポイント**:撤去は、原爆の記憶を薄れさせ、戦後日本の対米従属を強化する政治的意図とリンク。福島原発事故(2011年)にも繋がる「原子力神話」の萌芽を指摘。[](https://www.amazon.co.jp/%25E3%2583%258A%25E3%2582%25AC%25E3%2582%25B5%25E3%2582%25AD-%25E6%25B6%2588%25E3%2581%2588%25E3%2581%259F%25E3%2582%2582%25E3%2581%2586%25E4%25B8%2580%25E3%2581%25A4%25E3%2581%25AE%25E3%2580%258C%25E5%258E%259F%25E7%2588%2586%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25A0%25E3%2580%258D-%25E6%2596%2587%25E6%2598%25A5%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-%25E9%25AB%2598%25E7%2580%25AC-%25E6%25AF%2585/dp/4167838680)[](https://honto.jp/netstore/pd-book_25710317.html) #### **第8章 アメリカ** - **内容**:著者がアメリカで取材を行い、USIAやフルブライトプログラムの資料を調査。田川市長の訪米時の記録や、米国側の長崎への関与を探るが、決定的な証拠は見つからない。冷戦下のアメリカが、原爆の罪悪感を薄め、核兵器開発を正当化するために、浦上天主堂の廃墟を「不適切」と見なした可能性を考察。 - **ポイント**:著者の仮説は、米国による直接的圧力より、間接的な文化的・政治的影響が働いたとする。証拠不足を認めつつ、推論の説得力を補強する資料を提示。[](https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784167838683) #### **第9章 USIA** - **内容**:米国情報局(USIA)が戦後日本で展開した文化外交(映画、書籍、交換プログラム)を分析。長崎の姉妹都市提携や市長の訪米は、USIAの戦略の一環だった可能性を指摘。浦上のキリスト教コミュニティを「反米感情の温床」と見なし、廃墟撤去を促したと推測。 - **ポイント**:冷戦下の米国の情報戦が、原爆の記憶をコントロールした背景を浮き彫りに。ディズニーランドの人気や英語教育の普及も、米国の文化的影響の一例として言及。[](https://booklive.jp/review/list/title_id/230846/vol_no/001) #### **第10章 天主堂廃墟を取り払いしものは** - **内容**:浦上天主堂撤去の最終的な要因を総括。アメリカの間接的圧力、長崎市の経済復興優先、キリスト教徒の少数派意識、戦後日本の対米従属が複雑に絡み合った結果と結論。文庫版の追記では、東日本大震災の津波遺構の撤去問題と比較し、「災害の記憶を消す」行為の危険性を警告。 - **ポイント**:浦上天主堂の撤去は、単なる都市計画ではなく、戦後日本の歴史認識と国際政治の産物。著者は「いい加減にしてくれ、アメリカ」と、対米従属への批判を込める。[](https://www.amazon.co.jp/%25E3%2583%258A%25E3%2582%25AC%25E3%2582%25B5%25E3%2582%25AD-%25E6%25B6%2588%25E3%2581%2588%25E3%2581%259F%25E3%2582%2582%25E3%2581%2586%25E4%25B8%2580%25E3%2581%25A4%25E3%2581%25AE%25E3%2580%258C%25E5%258E%259F%25E7%2588%2586%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25A0%25E3%2580%258D-%25E6%2596%2587%25E6%2598%25A5%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-%25E9%25AB%2598%25E7%2580%25AC-%25E6%25AF%2585/dp/4167838680)[](https://www.kinokuniya.co.jp/c/20140228115540.html) --- ### **本書の特徴と評価** - **ノンフィクションの手法**:当時の文書、議事録、関係者インタビュー、米国の資料を基に、ミステリー小説のような展開で読者を引き込む。写真(被爆した浦上天主堂の廃墟、マリア像)や地図も効果的に使用。[](https://booklive.jp/product/index/title_id/215753/vol_no/001)[](https://honto.jp/netstore/pd-review_0603136069.html) - **仮説と限界**:著者は、アメリカの圧力が撤去の背景にあったと主張するが、決定的証拠は見つからず、推論に頼る部分が多い。読者からは「始めに結論ありき」との批判もあるが、調査の緻密さと視点の独自性は高く評価される。[](https://bookmeter.com/books/6862542)[](https://booklive.jp/review/list/title_id/230846/vol_no/001) - **現代的意義**:文庫版の追記では、福島原発事故や震災遺構の撤去問題を踏まえ、災害の記憶を保存することの重要性を強調。2024年のノーベル平和賞を日本被団協が受賞した文脈で、核問題の再考を促す。[](https://www.amazon.co.jp/%25E3%2583%258A%25E3%2582%25AC%25E3%2582%25B5%25E3%2582%25AD-%25E6%25B6%2588%25E3%2581%2588%25E3%2581%259F%25E3%2582%2582%25E3%2581%2586%25E4%25B8%2580%25E3%2581%25A4%25E3%2581%25AE%25E3%2580%258C%25E5%258E%259F%25E7%2588%2586%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25A0%25E3%2580%258D-%25E6%2596%2587%25E6%2598%25A5%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-%25E9%25AB%2598%25E7%2580%25AC-%25E6%25AF%2585/dp/4167838680) - **批判点**:後半のアメリカ圧力論が推測に依存し、読者によっては説得力不足と感じる。浦上のキリスト教史や原爆投下の詳細は魅力的だが、市長の翻心の核心が曖昧との声も。[](https://booklive.jp/review/list/title_id/230846/vol_no/001) --- ### **総括** 『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』は、浦上天主堂の廃墟撤去という歴史的事件を通じて、原爆の記憶、戦後日本の対米従属、キリスト教コミュニティの数奇な運命を掘り下げる渾身のノンフィクションです。高瀬毅の丹念な取材とミステリー的な筆致は、浦上の歴史的背景とアメリカの冷戦戦略を鮮やかに浮かび上がらせ、広島の原爆ドームとの対比で長崎の「不在の象徴」を考えさせます。証拠不足による推論の限界はあるものの、戦後史の闇と災害遺構の意義を問う視点は、核問題や歴史認識に関心のある読者に強い印象を与えます。 本書は、原爆文学や歴史に関心のある読者、長崎の被爆史を知りたい人、戦後日本の政治状況を考える人に推薦されます。購入はAmazon、楽天ブックス、紀伊國屋書店、hontoなどで可能(715円税込)。[](https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167838683)[](https://honto.jp/netstore/pd-book_25710317.html) --- ### **参考文献** - 文藝春秋BOOKS()[](https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167838683)[](https://books.bunshun.jp/ud/book/num/1678386800000000000H)[](https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784167838683) - Amazonレビュー()[](https://www.amazon.co.jp/%25E3%2583%258A%25E3%2582%25AC%25E3%2582%25B5%25E3%2582%25AD-%25E6%25B6%2588%25E3%2581%2588%25E3%2581%259F%25E3%2582%2582%25E3%2581%2586%25E4%25B8%2580%25E3%2581%25A4%25E3%2581%25AE%25E3%2580%258C%25E5%258E%259F%25E7%2588%2586%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25A0%25E3%2580%258D-%25E6%2596%2587%25E6%2598%25A5%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-%25E9%25AB%2598%25E7%2580%25AC-%25E6%25AF%2585/dp/4167838680)[](https://www.amazon.co.jp/%25E3%2583%258A%25E3%2582%25AC%25E3%2582%25B5%25E3%2582%25AD-%25E6%25B6%2588%25E3%2581%2588%25E3%2581%259F%25E3%2582%2582%25E3%2581%2586%25E4%25B8%2580%25E3%2581%25A4%25E3%2581%25AE%25E3%2580%258C%25E5%258E%259F%25E7%2588%2586%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25A0%25E3%2580%258D-%25E9%25AB%2598%25E7%2580%25AC-%25E6%25AF%2585/dp/4582824536) - 読書メーター()[](https://bookmeter.com/books/6862542) - 紀伊國屋書店書評()[](https://www.kinokuniya.co.jp/c/20140228115540.html) - BookLive()[](https://booklive.jp/product/index/title_id/215753/vol_no/001)[](https://booklive.jp/review/list/title_id/230846/vol_no/001) - honto()[](https://honto.jp/netstore/pd-book_03136069.html)[](https://honto.jp/netstore/pd-review_0603136069.html) 情報は提供されたウェブ検索結果を基に構成し、客観性と正確性を確保しました。著者の仮説は批判的に検討し、証拠不足の点も明記しました。[](https://www.amazon.co.jp/%25E3%2583%258A%25E3%2582%25AC%25E3%2582%25B5%25E3%2582%25AD-%25E6%25B6%2588%25E3%2581%2588%25E3%2581%259F%25E3%2582%2582%25E3%2581%2586%25E4%25B8%2580%25E3%2581%25A4%25E3%2581%25AE%25E3%2580%258C%25E5%258E%259F%25E7%2588%2586%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25A0%25E3%2580%258D-%25E6%2596%2587%25E6%2598%25A5%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-%25E9%25AB%2598%25E7%2580%25AC-%25E6%25AF%2585/dp/4167838680)[](https://booklive.jp/review/list/title_id/230846/vol_no/001)