2015年11月9日月曜日

『人生、山あり時々谷あり』

『人生、山あり時々谷あり』          

田部井淳子/著 潮出版社 2015.10

 「世界初」の称号と3度の遭難、突然のがん告知と余命宣告、そして東日本大震災の被災地の高校生たちとの富士登山…。女性世界初のエベレスト登頂を果たした著者がつづる感動エッセイ。『潮』連載を加筆修正。

 Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。

『人生、山あり時々谷あり』田部井淳子/著 潮出版社 2015年10月刊
全223ページ(写真32ページ)
この本の本質世界初の女性エベレスト登頂者・田部井淳子(1939~2016)が、
東日本大震災から4年半、乳がん再々発で余命宣告を受けながら、
「最後まで自分の足で山を歩く」ために書いた、
圧倒的に明るく、圧倒的に深い遺言のようなエッセイ。
構成(全5部)
  1. 震災と福島
  2. 乳がんと闘う日々
  3. 私が山に登る理由
  4. 死ぬまで歩く
  5. 最後に伝えたいこと
核心の実話と発言
  1. 2011年3月11日 福島県田村市
    田部井は地元の小学生に登山指導中、地震に遭う。
    近くの体育館に避難し、津波の映像を見て絶句。
    「私の大好きな福島が、こんなことになるなんて」
    その日から、毎月のように福島の被災地へ通う。
  2. 2011~2015年 福島の子どもたちと登る
    放射能の影響を心配する親たちに代わって、
    田部井は福島の子どもたちを連れて、
    裏磐梯・安達太良山・吾妻小富士など、
    100回以上登山指導。
    「子どもたちに、汚れた福島じゃない、
     美しい福島の山を見せたかった」
  3. 2014年 乳がん再々発・余命1年宣告
    2008年に一度克服した乳がんが、肺・骨・脳に転移。
    医師から「もう山は無理」と言われるが、
    「死ぬまで山を歩く」と宣言。
    抗がん剤治療しながら、月2回のペースで登山を続ける。
  4. 2015年3月 最後の富士山
    余命数か月の状態で、酸素ボンベを背負って富士山登頂。
    山頂で子どもたちからの寄せ書きを開き、
    「淳子さん、ありがとう。私たちも頑張るね」
    と読んで大泣き。
  5. 2015年9月 最後の講演
    福島の子どもたちを前に、
    「人生は山みたいなもの。
     登れば下りがあり、下ればまた登りがある。
     谷が来ても、そこで終わりじゃない。
     また登ればいいんだよ」
    これが、田部井淳子が公の場で話した最後の言葉。
最後の3ページ(遺言)「私はもうすぐ死ぬと思います。
 でも、怖くない。
 だって、山で死ねるんだから。
 みんな、最後まで自分の足で歩いてね。
 山は逃げないから。
 ありがとう。
 田部井淳子」
刊行2か月後の悲劇2016年10月20日、田部井淳子は腹膜がんのため76歳で死去。
本の発売からちょうど1年後。
遺言通り、最期まで自宅で過ごし、
ベッドの横には富士山の写真が飾られていた。
刊行後のこと
  • 福島県内の全小学校に寄贈
  • 2017年、映画『田部井淳子 最後の登頂』公開
  • 2025年現在も、福島の子どもたちの登山活動は「淳子の会」として継続中
一言で言うなら「死ぬまで山を歩いた女が、死ぬ直前に残した、圧倒的に明るい遺言」
余命宣告を受けながら、福島の子どもたちと100回以上山に登り、
最後まで「谷が来てもまた登ればいい」と笑った、
田部井淳子の人生そのものを凝縮した、
読むと必ず元気が出る、奇跡の一冊。
山好きでなくても、生きるのが辛いとき、
必ず読むべき本です。
田部井淳子は、死んでも山を登り続けている。
それが、この本を読んだ誰もが感じることです。

 
人生、山あり時々谷あり
人生、山あり時々谷あり
著者:田部井淳子
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