2017年3月25日土曜日

『東日本大震災後文学論 』

『東日本大震災後文学論             

限界研/編           南雲堂


「震災後」は終わっていない-。故郷と肉親・友人・知人の喪失、原発問題、被災地と非・被災地の温度差、政権への批判…。東日本大震災後にうみだされた「震災後文学」を扱う評論集。震災後作品出版・公開年度一覧付き。

先日、「東日本大震災後文学論」という636ページもある分厚い本を読みました。

文京区立図書館で予約をしたら、すぐにメールが届き、図書館に受け取りに行き、図書館で頑張って、636ページもある本を読みました。

この本の中では、「東日本大震災」後の文化活動(文学活動も含む)のことが書かれています。

「東日本大震災」を経験した日本の作家の方たちが、多くの著作を書かれていることについて網羅的に文化活動のことについて書かれています。

本書の中では、「東日本大震災」と「関東大震災」を同列に考えて、「関東大震災」後の「治安維持法」の成立が、「東日本大震災」後の、「秘密保護法」にあたるというようなこともかかれています。

「関東大震災」後にも「治安維持法」が成立し、「東京オリンピック」誘致が決まり、その後、戦争に日本が突入していったことが書かれています。

何か不穏な雰囲気を感じ、この本の著者の、「東日本大震災」後に対する不安感が伝わってきました。

文学や映画に、何が出来るのかを考える上でも読む価値のある本でしたが、本に出てくる単語が分かりづらくて、文化活動に携わる方々の知的教養の豊富さは分かりましたが、だから何なんだよという気持ちになりました。

「原発」のことについても、きちんと反対の意思表示をしているとは思いませんでした。

打ち合いの気持ちを持って書かれている文章ではなく、自分の持っている知識を書き込んでいるとは思いましたが、何か理念を感じさせる本ではありませんでした。

この本を書かれた世代の方々の言論活動(文化活動)が、この程度のものだということが分かりました。

「東日本大震災」後の文化活動を網羅的に紹介している本としては良く出来ていると思いましたが、それ以上の本ではありせんでした。

「震災本」が売れないと言われる、文化業界、出版業界ですから、この本を出版する意味はあるだと思いますが、どこかで寸止めしているような文章の書き方で、文章に力を感じませんでした。


636ページもある本ですが、1時間半くらいで読めてしまったのは、やはりそれなりの本だったのだと思います。