『もどれない故郷ながどろ 』 飯舘村帰還困難区域の記憶
長泥記録誌編集委員会/編 芙蓉書房出版 2016.3
福島第一原発事故から5年。原発から最も離れた帰還困難区域・福島県飯舘村長泥行政区の生活の記憶を後世に伝えるための記録誌。「写真で見る長泥」と「聞き書きでたどる長泥」の2部で構成。見返しに記事あり。
Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問したところ以下のような回答が返ってきました。
『もどれない故郷ながどろ 飯舘村帰還困難区域の記憶』(長泥記録誌編集委員会編、芙蓉書房出版、2016年3月)は、福島県飯舘村長泥(ながどろ)地区の住民たちが、2011年の東京電力福島第一原発事故による壊滅的な影響を受け、故郷を失った経験とその記憶を後世に伝えるために編纂された記録誌です。A5判、400ページにわたり、長泥地区の歴史、生活、文化、そして原発事故後の苦悩を、写真と聞き書きを通じて詳細に記録しています。本書は、地元住民と外部の研究者やジャーナリストが協力して制作され、TBSテレビ「報道特集」(2016年3月12日)、朝日新聞「天声人語」(3月11日)、産経新聞「産経抄」(3月8日)でも取り上げられた話題の書です。以下に、本書の構成、内容、意義について徹底的に詳細な要約を記述します。
---
### **1. 本書の背景と目的**
福島県相馬郡飯舘村長泥地区は、福島第一原発から約40キロ離れた阿武隈高地に位置する山村で、原発事故による高濃度の放射性物質(特にセシウム137)汚染により、飯舘村内で唯一「帰還困難区域」に指定されました。74世帯、281人の住民は、事故後5年目の2016年時点で、故郷への強い愛着と「戻れない」という現実の間で葛藤しながら、散り散りに避難生活を送っていました。長泥は、原発から最も遠い帰還困難区域でありながら、事故直後の情報不足や行政の対応の遅れにより、住民は高線量下での生活を強いられ、避難指示が出されたのは事故から1カ月以上経過した2011年4月以降でした。
本書の目的は、風化しつつある長泥の生活の記憶を後世、特に子どもや孫の世代に伝え、故郷の歴史と文化、原発事故の影響を記録することです。編集委員会は、地元住民(元区長や現区長など)と外部の専門家(大学教員、ジャーナリスト、写真家)から構成され、住民の生の声と視覚的資料を丁寧に集め、客観的かつ感情的な記録としてまとめ上げました。本書は、単なる災害記録ではなく、コミュニティの絆、失われた生活の豊かさ、そして原発事故の長期的な影響を浮き彫りにする人類学的・社会学的な資料としても価値があります。
---
### **2. 本書の構成と内容**
本書は大きく2部構成で、写真と聞き書きという2つのアプローチを通じて長泥の過去と現在を描きます。以下に各部の詳細を説明します。
#### **第1部 写真で見る長泥(144ページ、約300点の写真)**
この部は、長泥の歴史と原発事故後の現実を視覚的に伝えるために、住民の家庭アルバムから提供された写真と、事故後に現地を取材し続けた写真家(関根学、前田せいめい)の作品を収録しています。約300点の写真は、以下の2つのテーマに分けられています。
1. **東電福島第一原発事故後の長泥**
- **「長泥のいま」**: 事故後の長泥地区の風景を描写。人が消えた集落、放置された家屋や田畑、野生動物の増加、変わらず咲く花々など、荒廃と自然の再生が共存する様子が記録されています。特に、放射線量の高さを示す測定値(例:一部の雨樋排水溝付近で毎時30マイクロシーベルト)や、除染が進まない現状が強調されています。
- **事故直後の混乱**: 事故から10日後の長泥十字路での写真では、白装束の放射線測定員と普段着の村民が対話する様子が映し出されています。村民は汚染の事実を知らされず、通常の生活を続けていたことが、写真を通じて痛切に伝わります。
2. **故郷の記憶**
- 明治時代以降の開墾から始まる長泥の歴史が、住民が提供した古い写真を通じて再現されています。戦後の炭焼き、馬の飼育、酪農の開始、石材業の繁栄など、長泥の産業と生活の変遷が浮かび上がります。特に、住民同士の共同作業(例:草刈り)や地域行事の写真は、コミュニティの結束力と「までいライフ」(飯舘村が掲げたスローライフの理念)を象徴しています。
この部の写真は、単なる記録を超え、失われた故郷への愛着と喪失感を視覚的に訴えかけます。過去の活気ある村と、事故後の無人の風景の対比は、読者に強い感情的インパクトを与えます。
#### **第2部 聞き書きでたどる長泥(240ページ)**
この部は、50人以上の住民へのインタビューをもとに、事故当時の状況、避難生活、故郷への思いを詳細に記録しています。大学教員(トム・ギル、黒坂愛衣、山中知彦)、ジャーナリスト(大渡美咲、依光隆明)、自治体職員(本田晃司)らが聞き取りを行い、住民の生の声を丁寧に編集しました。内容は以下の4つの章に分かれています。
1. **一組(開墾)**
- 長泥の開拓の歴史を、戦前・戦後の入植者の声を通じて描きます。山林を切り開き、唐鍬で田畑を耕した過酷な開墾作業や、炭焼きで生計を立てた貧困の時代が語られます。ある住民は「開墾は収穫がなく、炭焼きでなんとか暮らした」と述懐し、過酷な生活の中での工夫と忍耐を伝えています。
2. **二・三組**
- 長泥の主要な集落ごとの生活や産業(酪農、石材業、ヤーコン栽培など)が紹介されます。特に、酪農の開始は、ある住民が北海道で学び、ホルスタインの仔牛を持ち帰ったことがきっかけでした。石材業は、昭和60年代から平成初頭にかけて東京向けの墓石出荷で繁栄し、地域経済の柱でした。また、「までいライフ」を体現するヤーコンやタラノメの栽培は、住民参加型の地域振興の象徴でした。
3. **四・五組(曲田)**
- 曲田地区の住民の声を中心に、原発事故後の避難生活やコミュニティの分断が描かれます。避難指示の遅れによる放射線への曝露、家族の世代間分断(若い世代の多くが長泥に戻らないと決意)、賠償金の不均衡による住民間の軋轢が赤裸々に語られます。ある住民は「賠償金で暮らしは楽になったが、魔法にかけられたようだ」と述べ、国や東電の対応が生殺しの状態を生み出していると批判します。
4. **長泥を見守る**
- 避難先での生活や、故郷への未練、将来への不安が語られます。子供や孫への健康影響の懸念、就職や結婚での差別への恐怖、コミュニティの喪失感が強調されます。特に、40代の酪農家男性の「いつの日か」という言葉に象徴される、希望と絶望の間で揺れる心情が印象的です。
この部の聞き書きは、住民の言葉をほぼそのまま収録し、方言や感情の機微を残しています。編集者の介入は最小限に抑えられ、住民の声が直接読者に響くよう工夫されています。事故当時の混乱、放射線への恐怖、故郷への深い愛着、コミュニティの結束力が、行間から滲み出ています。
---
### **3. 編集委員会とその意義**
編集委員会は、地元委員(金子益雄、佐野太、鴫原新一、鴫原良友、庄司正彦、杉下初男、高橋正弘)と外部委員(大渡美咲、トム・ギル、黒坂愛衣、佐藤忍、関根学、福岡安則、本田晃司、前田せいめい、山中知彦、依光隆明)から構成されています。地元委員は長泥の元区長や現役の区長など、地域のリーダーであり、外部委員は学術的・ジャーナリスティックな視点を提供。両者の協力により、客観性と主観性のバランスが取れた記録が実現しました。
本書の制作は、住民の主体的な参加に基づいています。写真の提供やインタビューへの協力は、住民が自らの歴史を後世に残したいという強い意志の表れです。外部委員の専門知識は、記録の体系化や社会への発信力を高める役割を果たしました。特に、写真家による事故後の長泥の撮影や、大学教員による聞き書きの分析は、本書に学術的価値を付加しています。
---
### **4. 本書の社会的・文化的意義**
本書は、以下の点で重要な意義を持っています。
1. **原発事故の長期的な影響の記録**
- 長泥地区は、原発から遠く離れているにもかかわらず高線量に汚染された特異な地域です。事故直後の情報不足、避難指示の遅れ、除染の未着手など、行政や東電の対応の不備が住民の苦しみを増幅させました。本書は、これらの事実を住民の視点から明らかにし、原発事故の被害が単なる物理的破壊にとどまらないことを示します。
2. **コミュニティの記憶の保存**
- 長泥の歴史(開墾、酪農、石材業、までいライフ)は、住民の努力と地域の絆によって築かれたものですが、事故によりその全てが失われました。本書は、写真と聞き書きを通じて、失われたコミュニティの姿を鮮やかに再現し、風化を防ぎます。特に、若い世代が戻らない中で、子どもや孫に故郷の記憶を伝えることは、文化的継承の重要な試みです。
3. **人間のレジリエンスと葛藤の描写**
- 住民の声には、故郷への愛着、賠償金による分断、健康への不安、将来への絶望が混在しています。区長の「飼い馴らされている」という表現や、酪農家の「いつの日か」という言葉は、原発事故がもたらした精神的・社会的な傷の深さを象徴しています。本書は、災害後の人間のレジリエンスと葛藤をリアルに描き出します。
4. **社会への警鐘**
- 本書は、原発事故の被害が一過性のものではなく、世代を超えて続くことを警告します。セシウム137の半減期(30年)を考えると、帰還可能な環境が整うのは数十年後であり、住民は「生殺し」の状態に置かれています。国や東電の曖昧な対応への批判は、現代社会における責任の所在を問うものです。
---
### **5. 特徴的なエピソードと引用**
本書には、住民の声から特に印象的なエピソードが多数収録されています。以下に代表的なものを挙げます。
- **事故直後の無知と混乱**: 「十文字でしゃべってると、白装束来るんだよね。こっちは普段着でいるんだよ。ホースを後ろのトランクから出しては測ってるんだ、線量な。『なんなの、あんたらは、そんな服着て!』って言った」()。このエピソードは、情報が与えられなかった住民の無力感を象徴します。[](https://www.book-navi.com/book/modorenai_nagadoro.html)
- **開墾の苦労**: 「開墾てなぁ、山の土地、林野庁から買って、何もねぇ山をおこしたの。田んぼも畑もな、全部。ひどい山だった、石はあっぺしな」()。戦後の貧困と努力が、長泥の歴史の基盤であったことがわかります。[](https://www.book-navi.com/book/modorenai_nagadoro.html)
- **賠償金の不均衡と分断**: 「長泥が帰還困難区域だから『特別にカネが入ってる』って、やっかまれる。同じ長泥でも俺みたいに六人家族のと、一人家族の人は、もらえる金額が違う」()。賠償金がコミュニティの結束を崩す要因となった現実が描かれます。[](https://www.book-navi.com/book/modorenai_nagadoro.html)
- **故郷への未練**: 「いつの日か」という酪農家の言葉は、戻れないと知りながらも希望を捨てきれない心情を表しています()。[](https://www.book-navi.com/book/modorenai_nagadoro.html)
---
### **6. 批評と反響**
本書は、出版直後にメディアで高い評価を受けました。TBS「報道特集」は、住民の声を通じて原発事故の長期的な影響を伝え、朝日新聞「天声人語」や産経新聞「産経抄」は、本書の社会的意義を強調しました。紀伊國屋書店のレビューでは、「村民向けの記録のような体裁だが、実際にはこのような美しい村があり、そこに歴史があり、人々の暮らしがあったことを示すことがより多くの人の心に訴える」と評され、広く一般に読まれるべき作品とされました()。[](https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784829506769)
読者からは、長泥の美しい自然とコミュニティの温かさ、そしてそれが一瞬にして失われた悲劇に対する共感が寄せられています。一方で、除染や帰還の具体的な展望が示されない国の姿勢への批判も、読後の感想として多く見られます。
---
### **7. 結論**
『もどれない故郷ながどろ』は、福島第一原発事故の被害を受けた飯舘村長泥地区の住民たちの声と記憶を、写真と聞き書きを通じて後世に伝える貴重な記録誌です。第1部の約300点の写真は、過去の活気ある村と事故後の荒廃を対比させ、視覚的に強いインパクトを与えます。第2部の240ページにわたる聞き書きは、開墾の歴史、酪農や石材業の繁栄、事故後の混乱と分断、そして故郷への未練を、住民の生の言葉で描き出します。
本書は、原発事故の長期的な影響、コミュニティの喪失、行政の不備を浮き彫りにし、災害後の人間のレジリエンスと葛藤を深く掘り下げています。長泥の住民だけでなく、原発事故の影響を受けた全ての人々、そして現代社会における技術と責任の問題を考える全ての人にとって、必読の書です。400ページにわたる詳細な記録は、風化を防ぎ、未来への教訓として機能します。
**引用元**:,,,,,,[](https://www.amazon.co.jp/%25E3%2582%2582%25E3%2581%25A9%25E3%2582%258C%25E3%2581%25AA%25E3%2581%2584%25E6%2595%2585%25E9%2583%25B7%25E3%2581%25AA%25E3%2581%258C%25E3%2581%25A9%25E3%2582%258D/dp/4829506768)[](https://www.fuyoshobo.co.jp/book/b217174.html)[](https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB20972389)
もどれない故郷ながどろ |