2020年4月6日月曜日

『未来へ』原爆の図丸木美術館学芸員作業日誌2011-2016


『未来へ』原爆の図丸木美術館学芸員作業日誌2011-2016     

岡村幸宣/著 新宿書房 2020.3

「原爆の図」を胸に抱いて歩き続ける荒野の先に、過去と未来がつながっていく-。東松山からアメリカ、ヨーロッパまで、時間と空間を超えて交錯する出会いと終わりなき逡巡の日々を綴る。『東京新聞』ほか掲載を加筆し書籍化。

Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。

『未来へ 原爆の図丸木美術館学芸員作業日誌 2011-2016』岡村幸宣/著 新宿書房 2020年3月刊 A5変型・324頁 定価2,400円+税本書の性格と位置づけこれは「学芸員の日記」であり、同時に「美術館の闘争記録」である。
丸木美術館唯一の専任学芸員である岡村幸宣が、2011年3月11日から2016年12月31日までの約6年間、ほぼ毎日書き続けた作業日誌をほぼそのまま活字化したもの。
「展覧会カタログでも評論でもなく、ただの作業日誌」と著者は繰り返し断るが、結果的に以下の三つの歴史が同時に記録された稀有な一次資料となった。
  1. 3.11後の日本社会における「核の記憶」の再活性化の記録
  2. 一地方の小さな私立美術館が、国内外で「原爆の図」を動かし続けた実務の全貌
  3. 学芸員という職業の、喜びと孤独と葛藤の生々しい現場
全体構成
  • プロローグ「春の風」(2011年3月11日~4月)
  • 本文:2011年~2016年(年次ごとに章立て)
  • 巻末付録:年表・展示一覧・人名索引
各年はほぼ日付順に並び、1エントリが数行~1ページ程度。写真・スケッチ・来館者感想ノート抜粋が随所に挿入されている。年次ごとの核心テーマと詳細要約2011年 「3.11が原爆の図を呼び覚ました年」
3月11日14時46分、美術館は激しく揺れる。岡村氏は来館者を誘導しながら「また原発が爆発した」と直感。
翌日から来館者が急増。福島事故の映像と「原爆の図」が重なり、涙を流す人が続出。
  • 3月19日:急遽「原発と原爆」展示コーナー設置
  • 4月以降:脱原発団体・被爆者・研究者が次々と訪れ、美術館が「避難所」のような場に
  • 7月:「原爆と人間」展を急きょ「原発と人間」展に変更
    この年だけで来館者約2万3千人(通常年の約2倍)。岡村氏は「丸木夫妻は65年前に福島を見ていた」と繰り返し書く。
2012年 「再稼働と闘う年」
大飯原発再稼働(7月)を前に、美術館は「NO NUKES」旗を掲げ続ける。
  • 国会前・官邸前デモに「原爆の図」複製画を持参(毎週金曜日)
  • 「さよなら原発1000万人アクション」に美術館として参加表明
  • 9月:丸木俊の代表作《鬼》を東京電力本店前に持ち込む(警備に制止される)
    同時に、内部の葛藤も。「政治活動と美術館の境界線はどこか?」という自問が頻出。
2013年 「アジアを歩く年」
沖縄・韓国・中国を連続訪問。
  • 沖縄では辺野古新基地反対運動と「原爆の図」を重ねる
  • 韓国では光州ビエンナーレに《南京事件の図》を出品、韓国観客の涙を記録
  • 中国では《南京事件の図》が検閲で展示中止になる現場に居合わせる
    「アジアの加害と被害の両方を描いた丸木夫妻の絵は、今も国境で拒絶される」という現実を直視。
2014年 「太平洋の核被害をめぐる旅」
パラオ・マーシャル諸島(ビキニ環礁)訪問。
  • ビキニ被爆60年記念式典に参加
  • 第五福竜丸の被爆者・大石又七さん(当時80歳)とマーシャルで再会
  • アメリカの核実験被害者と広島・長崎・福島がつながる瞬間を目撃
    帰国後、「日本は被害者であるだけでなく加害者でもある」という認識を深める。
2015年 「アメリカ巡回展 被爆70年」——本書の最大の山場
《原爆の図》全15部がアメリカ10会場を巡回(2015年4月~2017年3月)。
岡村氏はほぼ全期間同行し、日誌はほぼ「海外出張記録」に。
  • ワシントンD.C.のアメリカン大学美術館では、観客が土下座して泣く
  • ニューヨークではユダヤ系観客が「これがホロコーストだ」と発言
  • ロサンゼルスでは在米被爆者が「70年ぶりに自分の体験を話せた」と感謝
  • 一方で、広島・長崎の公式団体は「アメリカで展示することに反対」の声も
    岡村氏は「原爆の図は日本のものでも広島・長崎のものでもなく、人類のものになった」と確信。
2016年 「継承の模索と疲弊」
巡回展帰国後、岡村氏の疲労が極限に。
  • 熊本地震(4月)では美術館が避難所に
  • 沖縄高江ヘリパッド反対運動に《原爆の図》を持参
  • 年末、丸木俊の命日(2016年8月13日)に「もう限界かもしれない」と書く
    しかし最後の数行で、若い来館者の一言「この絵を子どもに見せたい」を引用し、「未来へ」とタイトルを決める。
本書の特徴・読みどころ
  1. 圧倒的な現場感
    展覧会準備の細部(輸送費交渉、保険、梱包、温度管理)から、来館者の一言、雨漏りする美術館屋根の修繕まで、すべてが記録されている。
  2. 学芸員の「内面の葛藤」が丸出し
    「政治的すぎるのではないか」「美術館を私物化しているのではないか」「丸木夫妻の遺志を歪めているのではないか」——自問自答が延々と続く。
  3. 「原爆の図」が動くたびに日本社会の鏡になる
    どこに持って行っても、必ずその地域・時代の「傷」が反応する。それを6年間、克明に追跡。
  4. 写真・資料の豊富さ
    デモで掲げられた手作りプラカード、海外会場での観客の表情、輸送中の巨大な木箱など、貴重な写真が約150点。
総括——この本は何を残したか
  • 3.11以降、「原爆の図」が単なる「過去の反戦絵画」ではなく、福島、北朝鮮核実験、沖縄基地問題、ヘイトスピーチと直結する「現在進行形の作品」として再定義された決定的証拠
  • 一人の学芸員が、たった一軒の小さな美術館で、世界を動かし続けた記録
  • 「記憶の継承」とは、展示して終わりではなく、闘いながらつなぐものだという、生々しい証明
岡村幸宣自身があとがきで書いている言葉で締めくくるのが最も相応しい。「この日誌は、私一個人のものではなく、美術館を訪れたすべての人たち、絵を運んでくれたすべての人たち、泣いたり怒ったりしたすべての人たちの、共同の作業日誌である。」2020年3月刊行。コロナ禍で美術館が閉まり、人が動けなくなった直後に世に出たこの本は、今も多くの人に「記憶をどう動かし続けるか」を問いかけ続けている。