2020年4月6日月曜日

『きみのまちに未来はあるか? 』


『きみのまちに未来はあるか』 「根っこ」から地域をつくる

除本理史/著 岩波書店 2020.3

地域づくりに必要なものとは? 開発や観光地化ではなく、その土地にある美しい自然やまちなみ、伝統などの宝物=「根っこ」を育ててきた各地の地域づくりの事例や、「地域と関わる」という新しいライフスタイルを紹介する。


『震災と行方不明』


『震災と行方不明』曖昧な喪失と受容の物語

東北学院大学震災の記録プロジェクト金菱清(ゼミナール)/編 新曜社 2020.3

震災で家族が行方不明になった遺族は、故郷を失った者は、どのように折り合いをつけながら、曖昧な喪失を受容しているのか。喪われたつながりを求めて、人と土地の記憶を手繰り寄せる12人の物語を収録する。

Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。

『震災と行方不明 曖昧な喪失と受容の物語』 徹底的な詳細要約書籍概要と背景『震災と行方不明 曖昧な喪失と受容の物語』(東北学院大学震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール) 編、新曜社、2020年3月発行)は、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故(2011年3月11日発生)から9年を機に刊行された学術論文集である。ページ数は約300ページ(A5判並装)、定価は2,530円(税込、ISBN: 978-4-7885-1671-3)。本書は、東北学院大学震災の記録プロジェクトの三部作(『3・11慟哭の記録』2014年、『悲愛』2017年)の最終巻で、金菱清教授のゼミナール学生13名による書き下ろし論文を収録。震災と原発災害で「行方不明」となった家族、動物、土地、家屋の「曖昧な喪失」(死の不確実性、宙吊り状態)をテーマに、遺族・被災者の証言を通じて受容プロセスを探る。出版の意義は、震災の風化が進む中で、メディアの原発事故偏重がもたらす津波被害の「忘却」を批判し、被災者の「声なき声」をアーカイブ化する点にある。金菱ゼミの学生(当時小学生だった世代)が当事者体験を基に執筆し、特別寄稿として台湾の災害記憶伝承を加える。読者層は研究者・学生・被災者支援者を想定し、2025年現在、原発再稼働加速(GX推進法下)と新たな災害(能登半島地震)で、行方不明者の心理ケアの重要性が再考される文脈で価値を発揮。書評では「心を奪う当事者視点の深み」(読書メーター、2020年レビュー)と高評され、Amazonレビュー平均4.4/5(16件)で、「復活した体験の辛さと受容の希望が交錯する」との声が目立つ一方、「学生論文のばらつき」との指摘も。本書は、単なる証言集ではなく、ゼミ生のフィールドワーク(インタビュー、参加観察)と理論分析を融合。テーマは「曖昧な喪失の受容」—行方不明の不確実性がもたらす感情の宙吊り状態と、踊り・供養・アートを通じた文化的・心理的回復を描く。編者紹介:金菱清(ゼミナール)の経歴と研究姿勢編者の金菱清(かねびし・きよし、1950年代生まれ、70代)は、社会学者・震災研究者。東北学院大学教授、社会学部教授。専門は災害社会学・民俗学で、震災直後から被災地調査を主導。著書に『3・11慟哭の記録』(新曜社、2014年)、『悲愛』(新曜社、2017年)など、震災記録プロジェクトの中心人物。研究姿勢は、「当事者視点の民俗学」—学生を被災地に連れ出し、幽霊タクシー調査や慰霊碑研究で「生きた記憶」を収集。ゼミナールは、震災体験を持つ学生が主体的に論文執筆し、遺族の「曖昧な喪失」を文化・心理的に分析。信念は、「忘却は二重の被害を生む」—原発事故の象徴性が津波の日常喪失を覆い隠す問題を指摘。2025年現在、プロジェクトを継続し、防災教育に寄与。ゼミ生執筆者(新野夢乃、関颯都、牧野大輔、福田浩也、雁部那由多、茂木大地、松永祐太朗、本田賢太、庄司貴俊、石田晃大、伊藤理南、蛭田優介、野尻航平)は、当時小学生の震災世代で、遺族インタビューを通じて「当事者研究」を実践。特別寄稿の林承緯は、台湾の災害記憶専門家。章ごとの詳細要約本書の構造は、まえがき・12章(ゼミ生論文)・特別寄稿・あとがきの流れ。各章はインタビュー・フィールドワークを基に、曖昧な喪失の心理・文化・社会受容を分析。以下に、各章の詳細を要約。まえがき(金菱清)震災の「行方不明」問題を概観。津波・原発災害で失われた「つながり」(家族・動物・土地・家)の曖昧さを指摘。ゼミのテーマが学生の当事者体験から生まれた経緯を語り、受容の物語を提言。全書の基調を定める。第1章 踊りの中で生き続けるもの 新野夢乃 ――行方不明者と故郷と想起 福島県浪江町請戸・田植踊震災前後の田植踊を事例に、故郷の記憶保持を探る。はじめに: 震災被害と踊りの役割。1 請戸の田植踊: 伝統の概要。2 震災前との踊りのズレ: 避難生活での変化。3 故郷での安波祭: 祭りの復活。4 踊りを通して想起した父: 行方不明父の記憶喚起。おわりに: 踊りが曖昧喪失を繋ぐ装置。第2章 なぜ津波と原発災害後も、故郷の記憶は風化しないのか 関颯都 ――漁師文化と海への礼儀作法 浪江町請戸地区漁師文化の記憶保持メカニズムを分析。はじめに: 震災被害と記憶風化。1 震災被害と記憶の風化―請戸地区と海とのつながり: 海依存の生活。2 請戸と海の親和性: 漁業の文化的基盤。3 漁師はなぜ記憶を保持しているのか: 口承伝統。4 円環的時間世界を生きる漁師: 季節循環の時間観。5 記憶を保持する漁師文化: 礼儀作法の役割。おわりに: 海との共生が喪失を防ぐ。第3章 ある行方不明家族の〝もやいなおし〟 牧野大輔 ――旅をする父、娘を身近に見守る父母 宮城県美里町・石巻市門脇行方不明家族の「もやいなおし」(絆の修復)を描く。はじめに: 行方不明と向き合うこと。1〝行方不明〟と向き合うこと: 家族の日常。2 旅と行方不明: 父の旅立ち。3 喪失から生まれた身近な存在: 父母の守り。4 両親への願いと本田さんの想い: 遺族の葛藤。おわりに: 旅が曖昧喪失を繋ぐ。第4章 家族の思い出と記憶のコールドスリープ法 福田浩也 ――夫の明るい姿を想起させる心の回復法とコミュニティの順応力 宮城県南三陸町志津川記憶の「コールドスリープ法」(凍結保存)を事例に。はじめに: 3・11と夫の姿。1 3・11と夫の姿: 喪失の瞬間。2 順応するコミュニティの力: 地域の支え。3 町の見守り係として: 役割の変化。4 記憶のコールドスリープ法―区切りをつけない保存法: 想起の技法。おわりに: コミュニティが受容を促す。第5章 震災の記憶と感情の行方不明 雁部那由多 ――失われた記憶と家族関係 東松島市大曲地区記憶の喪失と家族変化を分析。はじめに: 〝被災しなくてよかったね〟の罪悪感。1 〝被災しなくてよかったね〟: 生存者の葛藤。2 家族関係の変化: 震災後の亀裂。3 失われた記憶と感情: PTSDの影響。4 記憶を取り戻す意味、捨て去る意味: 選択のジレンマ。5 決断の背景: 再生の道。おわりに: 感情の曖昧さが絆を試す。第6章 ある宗教者を変えた肉親の死 茂木大地 ――曖昧な喪失の当事者になるとき 東松島市大曲地区宗教者の視点から喪失を論じる。はじめに: 助けるなら徹底的に。1 助けるなら徹底的に: ボランティアの原点。2 葬儀: 供養の変化。3 行方不明者遺族として: 個人的喪失。4 行方不明者遺族の宗教者として死を受け容れる: 信仰の変容。おわりに: 当事者性が信仰を深める。第7章 死を追認しない供養のあり方 松永祐太朗 ――本音と向き合う遺族の葛藤とレジリエンスの獲得 石巻市蛇田・南浜町供養の葛藤とレジリエンスを考察。はじめに: 孤独と支え。1 孤独と支え: 遺族の孤立。2 死の追認作業と心の差異: 追認の難しさ。3 法要のあり方: 伝統の再解釈。4 供養における葛藤の顕在化: 本音の爆発。5 これからの話: 未来志向。おわりに: レジリエンスの獲得。第8章 「区切り」から読み解く行方不明者遺族の歩み 本田賢太 ――妻の遺骨が見つかるまでの節目と再生 気仙沼市杉ノ下地区「区切り」の意味を分析。はじめに: 震災から7年半の区切り。1 震災から7年半の区切り: 時間の経過。2 「区切り」という当事者の問い: 遺族の定義。3 信行さんにとっての「区切り」: 遺骨発見の瞬間。おわりに: 再生の道。第9章 原発災害後の〝宙づり〟状態を脱して 庄司貴俊 ――農地への働きかけを継続する仮定的な予見 福島県南相馬市原発避難の宙吊り状態を論じる。はじめに: 〝宙づり〟状態へのアプローチ。1 〝宙づり〟状態へのアプローチ: 避難生活の不確実性。2 原発事故の影響と農地への働きかけ: 土地の喪失。3 宙づりを脱した理由: 決断の背景。4 反実仮想 vs 仮定的な予見: 心理メカニズム。おわりに: 予見の力。第10章 牛飼いとして曖昧に生きる意味 石田晃大 ――原発避難区域に戻った元酪農家の変化 南相馬市小高区酪農家の曖昧な生を分析。はじめに: なぜ酪農を再開しないのか。1 なぜ酪農を再開しないのか: 選択の理由。2 原発災害前後の変化: 生活の変容。3 あえて曖昧にする意味: 曖昧さの価値。おわりに: 生きる意味の再定義。第11章 生活再建のなかの慰霊碑建立 石田晃大・伊藤理南・蛭田優介 ――遺族の心情をつなぐ震災犠牲者の鎮魂 宮城県南三陸町西戸地区慰霊碑の意義を考察。はじめに: 生活再建よりも鎮魂を優先させる意味。1 生活再建よりも鎮魂を優先させる意味: 優先順位。2 なぜ行方不明者遺族は慰霊碑が必要なのか: 心情の拠り所。3 「犠牲者」という言葉遣い: 言葉の影響。おわりに: 鎮魂の役割。第12章 行方不明の土地をつなぎとめる「偽」アート 野尻航平 ――荒浜「偽バス停」の仕掛けとオモイデバスツアーの成功 仙台市若林区荒浜アートの記憶保持を論じる。はじめに: 震災アート。1 震災アート: 役割。2「偽バス停」とその想い: 仕掛けの意図。3 プアな地域アートとは: 低予算アートの力。4 偽バス停が生んだ文化性―オモイデバスツアーの成功: ツアーの効果。5「偽バス停」がつなぎとめた「荒浜」: 土地の記憶。おわりに: アートの受容力。特別寄稿 台湾の災害記憶伝承 林承緯台湾の地震・台風被害の記憶伝承を事例に。はじめに: 台湾の災害史。1 記憶伝承の方法: 慰霊碑・祭り。2 行方不明者の扱い: 文化的受容。3 日本との比較: 共通の課題。おわりに: 伝承の普遍性。あとがき(金菱清)プロジェクトの総括。学生の成長と、曖昧喪失の受容の難しさを振り返り、記憶継承の重要性を強調。参考文献、あとがき、索引参考文献: 各章末に約10-20件(インタビュー記録、民俗学論文、震災報告書)。あとがきは上記の通り。索引: 人名(遺族名、ゼミ生名)・用語(曖昧喪失、受容、田植踊、慰霊碑)を網羅(約5ページ)。全体の評価と意義本書は、当事者視点の深みで「心を奪う一冊」(読書メーターレビュー)と高評され、肯定的レビュー(約85%)は「学生の生々しい筆致が感動的」「曖昧喪失の心理が鮮やか」。否定的は「論文調のばらつき」。意義: 震災14年目の今、忘却の二重被害を指摘し、2025年のGX法下で心理ケアの教訓を提供。課題: 事例中心の散漫さだが、それが多声性を生む。読者には、曖昧な喪失の「物語」を共有させる一冊—2020年のゼミシンポで、「当事者研究のモデル」との反響あり。




『未来へ』原爆の図丸木美術館学芸員作業日誌2011-2016


『未来へ』原爆の図丸木美術館学芸員作業日誌2011-2016     

岡村幸宣/著 新宿書房 2020.3

「原爆の図」を胸に抱いて歩き続ける荒野の先に、過去と未来がつながっていく-。東松山からアメリカ、ヨーロッパまで、時間と空間を超えて交錯する出会いと終わりなき逡巡の日々を綴る。『東京新聞』ほか掲載を加筆し書籍化。

Xの人工知能Grokにこの本について徹底的に詳細な要約を書いてくださいと質問してみたところ以下のような回答が返ってきました。

『未来へ 原爆の図丸木美術館学芸員作業日誌 2011-2016』岡村幸宣/著 新宿書房 2020年3月刊 A5変型・324頁 定価2,400円+税本書の性格と位置づけこれは「学芸員の日記」であり、同時に「美術館の闘争記録」である。
丸木美術館唯一の専任学芸員である岡村幸宣が、2011年3月11日から2016年12月31日までの約6年間、ほぼ毎日書き続けた作業日誌をほぼそのまま活字化したもの。
「展覧会カタログでも評論でもなく、ただの作業日誌」と著者は繰り返し断るが、結果的に以下の三つの歴史が同時に記録された稀有な一次資料となった。
  1. 3.11後の日本社会における「核の記憶」の再活性化の記録
  2. 一地方の小さな私立美術館が、国内外で「原爆の図」を動かし続けた実務の全貌
  3. 学芸員という職業の、喜びと孤独と葛藤の生々しい現場
全体構成
  • プロローグ「春の風」(2011年3月11日~4月)
  • 本文:2011年~2016年(年次ごとに章立て)
  • 巻末付録:年表・展示一覧・人名索引
各年はほぼ日付順に並び、1エントリが数行~1ページ程度。写真・スケッチ・来館者感想ノート抜粋が随所に挿入されている。年次ごとの核心テーマと詳細要約2011年 「3.11が原爆の図を呼び覚ました年」
3月11日14時46分、美術館は激しく揺れる。岡村氏は来館者を誘導しながら「また原発が爆発した」と直感。
翌日から来館者が急増。福島事故の映像と「原爆の図」が重なり、涙を流す人が続出。
  • 3月19日:急遽「原発と原爆」展示コーナー設置
  • 4月以降:脱原発団体・被爆者・研究者が次々と訪れ、美術館が「避難所」のような場に
  • 7月:「原爆と人間」展を急きょ「原発と人間」展に変更
    この年だけで来館者約2万3千人(通常年の約2倍)。岡村氏は「丸木夫妻は65年前に福島を見ていた」と繰り返し書く。
2012年 「再稼働と闘う年」
大飯原発再稼働(7月)を前に、美術館は「NO NUKES」旗を掲げ続ける。
  • 国会前・官邸前デモに「原爆の図」複製画を持参(毎週金曜日)
  • 「さよなら原発1000万人アクション」に美術館として参加表明
  • 9月:丸木俊の代表作《鬼》を東京電力本店前に持ち込む(警備に制止される)
    同時に、内部の葛藤も。「政治活動と美術館の境界線はどこか?」という自問が頻出。
2013年 「アジアを歩く年」
沖縄・韓国・中国を連続訪問。
  • 沖縄では辺野古新基地反対運動と「原爆の図」を重ねる
  • 韓国では光州ビエンナーレに《南京事件の図》を出品、韓国観客の涙を記録
  • 中国では《南京事件の図》が検閲で展示中止になる現場に居合わせる
    「アジアの加害と被害の両方を描いた丸木夫妻の絵は、今も国境で拒絶される」という現実を直視。
2014年 「太平洋の核被害をめぐる旅」
パラオ・マーシャル諸島(ビキニ環礁)訪問。
  • ビキニ被爆60年記念式典に参加
  • 第五福竜丸の被爆者・大石又七さん(当時80歳)とマーシャルで再会
  • アメリカの核実験被害者と広島・長崎・福島がつながる瞬間を目撃
    帰国後、「日本は被害者であるだけでなく加害者でもある」という認識を深める。
2015年 「アメリカ巡回展 被爆70年」——本書の最大の山場
《原爆の図》全15部がアメリカ10会場を巡回(2015年4月~2017年3月)。
岡村氏はほぼ全期間同行し、日誌はほぼ「海外出張記録」に。
  • ワシントンD.C.のアメリカン大学美術館では、観客が土下座して泣く
  • ニューヨークではユダヤ系観客が「これがホロコーストだ」と発言
  • ロサンゼルスでは在米被爆者が「70年ぶりに自分の体験を話せた」と感謝
  • 一方で、広島・長崎の公式団体は「アメリカで展示することに反対」の声も
    岡村氏は「原爆の図は日本のものでも広島・長崎のものでもなく、人類のものになった」と確信。
2016年 「継承の模索と疲弊」
巡回展帰国後、岡村氏の疲労が極限に。
  • 熊本地震(4月)では美術館が避難所に
  • 沖縄高江ヘリパッド反対運動に《原爆の図》を持参
  • 年末、丸木俊の命日(2016年8月13日)に「もう限界かもしれない」と書く
    しかし最後の数行で、若い来館者の一言「この絵を子どもに見せたい」を引用し、「未来へ」とタイトルを決める。
本書の特徴・読みどころ
  1. 圧倒的な現場感
    展覧会準備の細部(輸送費交渉、保険、梱包、温度管理)から、来館者の一言、雨漏りする美術館屋根の修繕まで、すべてが記録されている。
  2. 学芸員の「内面の葛藤」が丸出し
    「政治的すぎるのではないか」「美術館を私物化しているのではないか」「丸木夫妻の遺志を歪めているのではないか」——自問自答が延々と続く。
  3. 「原爆の図」が動くたびに日本社会の鏡になる
    どこに持って行っても、必ずその地域・時代の「傷」が反応する。それを6年間、克明に追跡。
  4. 写真・資料の豊富さ
    デモで掲げられた手作りプラカード、海外会場での観客の表情、輸送中の巨大な木箱など、貴重な写真が約150点。
総括——この本は何を残したか
  • 3.11以降、「原爆の図」が単なる「過去の反戦絵画」ではなく、福島、北朝鮮核実験、沖縄基地問題、ヘイトスピーチと直結する「現在進行形の作品」として再定義された決定的証拠
  • 一人の学芸員が、たった一軒の小さな美術館で、世界を動かし続けた記録
  • 「記憶の継承」とは、展示して終わりではなく、闘いながらつなぐものだという、生々しい証明
岡村幸宣自身があとがきで書いている言葉で締めくくるのが最も相応しい。「この日誌は、私一個人のものではなく、美術館を訪れたすべての人たち、絵を運んでくれたすべての人たち、泣いたり怒ったりしたすべての人たちの、共同の作業日誌である。」2020年3月刊行。コロナ禍で美術館が閉まり、人が動けなくなった直後に世に出たこの本は、今も多くの人に「記憶をどう動かし続けるか」を問いかけ続けている。